クイーンの定員 シャーロック・ホームズ

定員No. 16:どの翻訳で読まれますか? 『シャーロック・ホームズの冒険』

投稿日:2019年6月10日 更新日:

Sherlock Holmes

今回の記事は、「クイーンの定員」に選ばれた短編集の中で最も有名な、と言っても過言ではない、アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』を取り上げます。
ご存じ、[ホームズ物語]の最初の短編集であり、ホームズの人気を決定づけた短編集です。
「クイーンの定員」カテゴリーの目的については、こちらの記事をご参照ください。

今回の記事は、本来はもっと早く記そうと考えていましたが、2019年はコナン・ドイル生誕160年ということもあって、各方面でさまざまな特集が組まれていたりするので、それらも参考にしてから書いてみた次第です。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 16

The Adventures of Sherlock Holmes
『シャーロック・ホームズの冒険』アーサー・コナン・ドイル(英1892年)ーHQS

12編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:シャーロック・ホームズ

  • A Scandal in Bohemia 「ボヘミアの醜聞」
  • The Red-Headed League 「赤毛組合」
  • A Case of Identity 「花婿の正体」(「花婿失踪事件」)
  • The Boscombe Valley Mystery 「ボスコム谷の謎」(「ボスコム谷の惨劇」)
  • The Five Orange Pips 「オレンジの種五つ」
  • The Man with the Twisted Lip 「唇のねじれた男」
  • The Adventure of the Blue Carbuncle 「青いガーネット」
  • The Adventure of the Speckled Band 「まだらの紐」
  • The Adventure of the Engineer's Thumb 「技師の親指
  • The Adventure of the Noble Bachelor 「独身の貴族」(「花嫁失踪事件」)
  • The Adventure of the Beryl Coronet 「緑柱石の宝冠」
  • The Adventure of the Copper Beeches 「ぶな屋敷」

入手容易な邦訳

多数あり。(後述)


【電子書籍】多数あり。(後述)

上に「多数」と記したとおり、おそらく「クイーンの定員」に選出された短編集の中では最も翻訳に恵まれており、過去から現在に至るまで多くの出版社より訳されています。
そこで、ここでは第二次世界大戦後の翻訳に絞って(ジュブナイルは除く)、このカテゴリーの目的である以下のポイントにしたがって各出版社の邦訳本をご紹介します。

ポイント

2019年現在、比較的容易に入手でき、電子書籍でも読める作品。

なお、各種アンソロジーにもその短編が多数収録されていますが、ここでは光文社文庫の「クイーンの定員」アンソロジーに「赤毛連盟」(小林司・東山あかね 訳)が収められていることと、最近リニューアルされた『世界推理短編傑作集1』(江戸川乱歩 編)に「赤毛組合」(深町眞理子 訳)が初収録されたことを触れておきます。

紙版でも電子版でも読める『シャーロック・ホームズの冒険』の翻訳

21世紀の「新訳」で読む(創元推理文庫、光文社文庫、角川文庫)

最近、私は創元推理文庫の新訳で『シャーロック・ホームズの冒険』を読み直したのですが、読みやすいながらも、ホームズが活躍したヴィクトリア朝時代の雰囲気も表現するためなのか、「固め」の表現も使われているなぁ、という印象でした。
ここでは、21世紀に入ってから登場した『シャーロック・ホームズの冒険』の翻訳本、そしてその電子版の状況をご紹介します。
また、[ホームズ物語]は長編4、短編集5(56短編)の全60編ですが、『シャーロック・ホームズの冒険』以外の作品(ホームズ全集)の刊行状況についても併せてご紹介します。

創元推理文庫

  • 深町眞理子さんの訳。(全60作品もすべて読める。)
  • 電子版には、高橋哲雄さんの「解説」は所収されていない。(挿絵はあり。)
  • Amazonプライムを契約されている方は、Prime Readingで『シャーロック・ホームズの冒険』および最初の長編『緋色の研究』が無料で読める。(2019年6月現在)

創元推理文庫の場合、1990年になるまで著作権上の問題で文庫に収録できなかった『シャーロック・ホームズの事件簿』を1991年に深町さんの訳で刊行され、それから2010年から8年間を費やして深町さんが全訳されています。(その際に『事件簿』も改訳され、「新版」として出版されています。)

創元推理文庫の『シャーロック・ホームズの冒険』電子版には、戸川安宣さんの「解題」は収録されていますが、高橋哲雄さんの「解説」は所収されていません。
これは、2014年頃までに出版された翻訳作品の電子書籍においては、創元推理文庫に限らず第三者の「解説」は収録されないことが多かったからです。(権利上の問題?)
[ホームズ物語]で言えば、他の短編集および長編の電子版には「解説」も収録されているので、ご安心を。
Amazonプライムを契約している方は、読み放題プランのKindle Unlimitedを契約していなくても、プライム特典で『シャーロック・ホームズの冒険』と『緋色の研究』はKindleにて無料で読めます。(Prime Reading;2019年6月現在)

光文社文庫

  • 日暮雅通さんの訳。(全60作品もすべて読める。)
  • 電子版あり。紙版にあった挿絵は割愛。(長編『恐怖の谷』には挿絵あり。)

光文社文庫の場合、2006年〜2008年に日暮雅通さんの訳で全作品が刊行されています。
日暮さんは翻訳家であるとともに、日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)の会員でもあり、[ホームズ物語]や作者コナン・ドイルについての研究成果も精力的に発表されています。その翻訳もヴィクトリア朝の時代を感じつつも読みやすいものとなっています。

ただ、紙版にはシドニー・パジェットによる英国初版の挿絵が一部収録されているようですが、電子版ではその挿絵が割愛されています。(私は電子版しか持っていません。。。)
電子版が最も遅れて(2014年に)出版された『恐怖の谷』については、その電子版にも挿絵が収録されています。

角川文庫

  • 石田文子さんの訳。(『シャーロック・ホームズの冒険』のみ。)
  • 他の作品については、駒月雅子さんの訳で現在刊行中。
  • 電子版あり。(紙版にも挿絵はなし。)

角川文庫の場合、2010年に石田文子さんの訳で『シャーロック・ホームズの冒険』が出版されました。現代の読者にとっても親しみやすい文であることを重視した翻訳で、カバージャケットも若者受けしやすいようなイラストになっています。
その後、翻訳家でJSHC会員でもある駒月雅子さんが他の[ホームズ物語]の翻訳を引き継がれ、2019年現在、残すところ長編一作品、短編集一作品となりました。

最近では、電子版は紙版と同時に出版されています。
紙版にも挿絵はないようで、電子版にも挿絵はありません。

詳細な注釈付きの「ホームズ全集」で読む(河出文庫)

こちらについては、以下の記事の「その後の注釈付きホームズ全集」もご参照ください。

河出文庫

  • 小林司さん・東山あかねさんの訳。(全60作品もすべて読める。)
  • 本文以外の部分の邦訳は高田寛さん。単行本に比べて注釈部分は簡略化。
  • 電子版あり。紙版に収められた英国初版の挿絵もすべて収録。

1997〜2002年に河出書房新社から刊行された「注釈付き」のシャーロック・ホームズ全集が、2014年に文庫化され、電子版もその後刊行されています。
翻訳も読みやすいものとなっていますが、簡略化されたとはいえ、他の文庫に比べると注釈が多いので、それが気になる方もいるかもしれません。
電子版にも、シドニー・パジェットによる英国初版の挿絵がすべて収録されているのはいいですね。お値段は少々高めです。

最初の「個人訳ホームズ全集」で読む(新潮文庫・ハヤカワ文庫)

ホームズ物語の翻訳と言えば、延原謙さんに触れないわけにはいけません。

新潮文庫

  • 延原謙さんの訳。(全60作品もすべて読める。)
  • 2つの短編が割愛されているが、それらは日本独自編纂の短編集『シャーロック・ホームズの叡智』で読める。
  • 電子版あり。(紙版にも挿絵はなし。)

一人の「個人」が独力で[ホームズ物語]を完訳したのは、延原謙さんが初めてです。
新潮文庫では1953年〜1955年に刊行され、1989年に、外国名や外来語のカタカナ表記の正確、統一などを図り、また難解な熟語や古すぎる表現なども改めるために、息子の延原展さんが改訂され、現在に至ります。
ヴィクトリア朝時代の古風さも感じられる格調高い翻訳が特徴です。
ただし、1953年においては、現在のような分厚い文庫を作ることを良しとしない風潮があったようで、新潮文庫の『シャーロック・ホームズの冒険』では「技師の親指」「緑柱石の宝冠」が割愛されています。
これらの短編は、日本独自編纂の短編集『シャーロック・ホームズの叡智』に収められています。

電子版についても、電子書籍黎明期の1998年にNECから新潮文庫の電子版CD-ROMが発売されています。
当時としては画期的な多機能ブックでしたが、現在ではそれらは実用的ではありません。
しかしながら、その後2016年に、現在の電子書籍の標準フォーマットであるEPUB形式で新潮文庫の電子版が刊行されています。

ハヤカワ・ミステリ文庫

  • 大久保康雄さんの訳。
  • 電子版あり。(挿絵1点収録。全60作品もすべて読める。)
  • 紙版は、2015年に二分冊の新版として復刊。(現在のところ『シャーロック・ホームズの冒険』のみの復刊。)

大久保康雄さんは、「個人」が独力で[ホームズ物語]を完訳した二人目の人物。
ハヤカワ・ポケット・ミステリによる全集(1958年〜1985年)と、その文庫化(1981年〜1985年と1991年)、そして、その電子版が出版されています。
現在、電子版では全60作品すべて読むことができ、短編集については紙版と同様に最初のページに英国初版の挿絵1点が収録されています。
私は、電子版は『シャーロック・ホームズの冒険』のみの所有ですが、その翻訳については比較的読みやすいのではないのでしょうか。

そして、『シャーロック・ホームズの冒険』については、2015年に早川書房創立70周年企画の「ハヤカワ文庫 補完計画」の一環として、二分冊の新装版として紙版が復刊されました。
解説は、旧版では訳者の大久保康雄さんによる解説でしたが、新版では上巻に作家・翻訳家であり、JSHC会員でもある北原尚彦さんの解説、下巻にはその北原さんと日暮雅通さんの特別対談が収録されています。
カバージャケットも一新され、舞台を現代に設定したベネディクト・カンバーバッチ主演の英国BBCドラマ『SHERLOCK/シャーロック』を見て原作に興味を持った方が、手に取りやすいようなデザインになっている気がします。

なお、それ以降の個人訳全集は先にご紹介した日暮雅通さん、深町眞理子さんと続きます。(河出文庫は小林司さん・東山あかねさんの共訳全集。)

電子版で読める『シャーロック・ホームズの冒険』の翻訳

創元推理文庫(旧訳版)とグーテンベルク21

創元推理文庫(旧訳版)

  • 阿部知二さんの訳。(『シャーロック・ホームズの事件簿』を除く作品が読める。)
  • 訳者による「コナン・ドイルの生涯」は収録されているが、解説は所収されていない。
  • 挿絵なし。表紙はシドニー・パジェットの挿絵より。

阿部知二さんの訳による『事件簿』を除いたホームズ全集は、河出書房新社(1958年〜1959年)、創元推理文庫では1960年に刊行されました。電子版は、深町眞理子さんの新訳が出版されている現在においても購入できます
(なお、深町さん訳による『事件簿』の旧版についても以前は電子版が購入できましたが、これについては新版が登場したことにより購入できなくなったようです。)

グーテンベルク21

  • 鈴木幸夫さんの訳。(『ホームズの冒険』のほか、『ホームズの回想』、『ホームズの生還』、『バスカービル家の犬』が読める。)
  • 角川文庫の旧訳版を電子書籍化したものと思われるが、「シャーロク・ホウムズ」は「シャーロック・ホームズ」になっている。
  • 訳者解説あり。
  • 挿絵なし。表紙はフレデリック・ドア・スティールの挿絵より。

鈴木幸夫さんによるホームズ物語の訳は、1955年〜1957年に角川文庫から4冊のみ出版されました。その時は『シャーロク・ホウムズの冒険』という表記で出版されましたが、2006年にデジタル書店グーテンベルク21から『ホームズの冒険』という電子書籍で出版されたときには、「シャーロック・ホームズ」表記に改められたようです。
表紙の挿絵は、米国でホームズ物語の挿絵を多く描いて好評を博したフレデリック・ドア・スティールによるもの
なお、グーテンベルク21では上述4冊以外の[ホームズ物語]もすべて読むことができますが、『緋色の研究』『四つの署名』『ホームズ最後の挨拶』は鮎川信夫さんの訳、『恐怖の谷』は齊藤重信さんの訳、『ホームズの事件簿』は内田庶さん・中尾明さんの訳です。これらには解説がついていないようです。

「コンプリート・シャーロック・ホームズ」

電子書籍ではありませんが、インターネットにつながっていれば『シャーロック・ホームズの冒険』を始めとする[ホームズ物語]すべて無料で読めるサイトです。
こちらのサイトの経緯については、以下の記事に詳しいです。

【参考】オリジナルの原文で収録短編を読む

こちらの記事もご参照ください。

『シャーロック・ホームズの冒険』各翻訳の比較

kotoba 2019年夏号(集英社)で確かめよう

以上、2019年現在、比較的容易に読める『シャーロック・ホームズの冒険』を紹介しました。
これだけ翻訳があると、どの翻訳が自分に合っているか迷うところ。
例えば、The Adventures of the Blue Carbuncle 「青いガーネット」にはいろいろな邦題があって、一昔前は「青い紅玉(ルビー)」と訳されることが多かったのですが、青いルビーというのはこの世に存在しないので、最近では「青いガーネット」と改題されることが多いです。
ただ、ガーネットもあくまで赤い石なので、"Carbuncle"という単語を緻密に調べた深町眞理子さんは「青い柘榴石(ざくろいし)と翻訳されました。これについては、日暮雅通さんも「みごとな訳」だと考えられているようです。

このようにタイトル一つだけとっても奥深い翻訳の世界。
私はこの記事の中で各翻訳を比較しようと考えてはいたのですが、それは著作権上問題があったり、あるいは引用が多くなりすぎるだろうからと躊躇していたところ、先日発売されたばかりのkotoba(コトバ)2019年夏号(集英社)に、ちょうど私の目的に沿った論文が掲載されていました。(→参考文献
日暮雅通さんの論文ですが、「ボヘミアの醜聞」の冒頭とラスト部分について、戦後の主な全集/文庫の訳文を比較されています。最後に、日暮さんが自身の翻訳を改訂されている下りも。
この雑誌は、それ以外にも「シャーロック・ホームズとコナン・ドイル」の特集記事が満載で充実しています。以下のようなインタビューも掲載されているので、ご興味のある方は。

電子版サンプルで『シャーロック・ホームズの冒険』の冒頭をチェック

なお、「ボヘミアの醜聞」冒頭部分の翻訳の比較であれば、各電子版のサンプルで確認してみるのも一つの手段です。
自分に合った翻訳を選ぶ際のヒントになると思われます。

終わりに;参考文献

クイーンの定員No. 16『シャーロック・ホームズの冒険』は、「世界の傑作のひとつ」。
翻訳本もいろいろあるので、自分に合ったのを探しつつ、いくつかの翻訳に当たってみるのも面白いのではないでしょうか。

この記事の参考文献・参考図書

日暮雅通, 「ホームズ翻訳史の変遷と現状」, 『kotoba 2019年夏号』(集英社)p.72〜p.77

深町眞理子, 「2015年度日本シャーロック・ホームズ対象結果報告 大賞受賞挨拶」, 『ホームズの世界 Vol.39 (2016) 』(日本シャーロック・ホームズ・クラブ)p.126〜p.129

日暮雅通, 「ハヤカワ・アカデミー シャーロック・ホームズ講座/第2回 ホームズ物語の詳細:発表史と作品の魅力」, 『ハヤカワミステリマガジン2019年5月号(第64巻第3号)』(早川書房)p.18〜p.27

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