クイーンの定員

定員No. 69:アバンチュールに胸をときめかせた『八点鐘』

2019年3月18日

おじいさんの時計

NouploadによるPixabayからの画像

「クイーンの定員」カテゴリーの第2回目は、モーリス・ルブラン『八点鐘』を取り上げます。
このカテゴリーの目的については、こちらの記事をご参照ください。

ルブランと言えばアルセーヌ・ルパンの生みの親で有名であり、本作にもルパンが登場します。もっとも、本作ではルパンがレニーヌ公爵という偽名を使っていることが、「まえがき」に記されています。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 69

Les Huit Coups de L'horloge
『八点鐘』モーリス・ルブラン(仏英米1922年)ーHQR

8編収録(連作形式)、全編邦訳。
活躍する探偵:アルセーヌ・ルパン(レニーヌ公爵)

  • Au sommet de la tour 「塔のてっぺんで」
  • La Carafe d'eau 「水びん」
  • Thérèse et Germaine 「テレーズとジェルメーヌ」
  • Le Film révélateur 「秘密をあばく映画」
  • Le Cas de Jean-Louis 「ジャン・ルイ事件」
  • La Dame à la hache 「斧をもつ奥方」
  • Des pas sur la neige 「雪の上の足あと」
  • Au dieu Mercure「メルキュール骨董店」

入手容易な邦訳

『八点鐘』長島良三 訳(偕成社)に、全編収録。


【電子書籍】全編、『八点鐘』保篠龍緒 訳(グーテンベルク21、など)で読める。
なお、『八点鐘』長島良三 訳(偕成社)にも電子書籍があるが、取扱いのある電子書籍サイトは限られる。(後述)

作品タイトルの隣に記載した「HQR」の意味については、前の記事をご参照ください。

アルセーヌ・ルパンが活躍する短編集はどれも秀逸

実は、「クイーンの定員」にはルブランの短編集がもう一冊選ばれています。それは定員No. 37の『怪盗紳士ルパン』で、これはアルセーヌ・ルパンのデビュー作を含むルパン・シリーズ最初の短編集です。

定員には選ばれていませんが、第二短編集の『ルパンの告白』も評価が高い短編集で、傑作と呼ばれる短編「赤い絹のスカーフ(赤い絹のストール)」などが収録されています。
ルパン・シリーズ第四短編集の『バーネット探偵社』は、これらに比べれば少し評価は落ちますが、あくまでもそれは「ルパン・シリーズの短編集の中では」の評価であり、軽快でユーモラスな短編集です。

『八点鐘』はルパン・シリーズの第三短編集ではありますが、8つの冒険話からなる異色の連作短編集です。

『八点鐘』は私の中でオールタイムベスト3に入る作品

『八点鐘』に私が出会ったのは、例に漏れず図書室でした。私が中学生のときのことです。
中学校の図書室には偕成社の「アルセーヌ・ルパン全集」がいくつかありましたが、その当時の私は長編よりも短編の方が好きだったことと、ルパンよりもシャーロック・ホームズの方が好きだったため、ルパン作品はそんなに読んでいませんでした。
そんな時に、

ゆーじあむ
ゆーじあむ
何か読むものがないかなぁ。

と図書室の中を見回していたところ、目に留まった『八点鐘』
…まず、何と読むのかが分かりませんでしたが(汗)、「はってんしょう」です。
先に記した「まえがき」の後で、第一話「塔のてっぺんで」が始まるのですが、その冒頭、

オルタンス・ダニエルは部屋の窓をわずかに開き、…

『八点鐘(アルセーヌ・ルパン全集14)』モーリス・ルブラン、長島良三 訳(偕成社)

このオルタンス・ダニエルという女性は、ルパン・シリーズの中ではこの短編集にしか出てきませんが、大人になってもこの女性の名前をはっきりと覚えていました。
レニーヌ公爵については、レニーヌかレニーユか曖昧でしたが。。。
退屈な日々を過ごしていたオルタンスの前に現れたレニーヌ公爵は、彼女を誘って20年前から立ち入り禁止のアラングル屋敷に足を踏み入れます。すると、古い柱時計が八つの時を打つ…それが二人の冒険の旅の始まりでした。

「アバンチュール」という言葉がありますが、これはフランス語でaventureと綴ります。
つまり、英語で書けばadventure、「冒険」です。
彼らは8つの冒険に立ち向かうのですが、8つの冒険が終わったところで二人の「恋の冒険」がどうなるのか、ドキドキしながら読んだものです。

ところで、アルセーヌ・ルパンといえば義賊ではありますが、本作においては無実に泣く人たちや虐げられた人を助ける名探偵として活躍します。
8つの冒険譚の中にはルブランの短編らしいトリッキーな作品もいくつかあり、そのトリック自体は今では古典的なトリックではありますが、ルブランの円熟したストーリーテリングのおかげで古さを感じさせず、大人になってから読み返しても楽しめるものでした。
偕成社のアルセーヌ・ルパン全集、大人になって一回全部買いそろえたものの、とあるきっかけでほとんど手放したのですが(もったいないことをした)、この『八点鐘』の単行本だけは今でも20年くらい前に買った一冊を大切に持っています。
その解説によればルブランは、

たんなる探偵小説ではなく、子どもたちに夢と希望を与えるような作品を書きたかった

『八点鐘(アルセーヌ・ルパン全集14)』モーリス・ルブラン、長島良三 訳(偕成社)

と言ったそうですが、『八点鐘』は私の心にも大きなものを与えてくれました。

『八点鐘』と偕成社のアルセーヌ・ルパン全集を電子書籍で

『八点鐘』は、詩人・フランス文学者として名高い堀口大學さんが翻訳された、

『八点鐘』モーリス・ルブラン、堀口大學 訳(新潮文庫:ルパン傑作集<8>)

もありますが、2019年時点においては品切れのようなので中古本に頼らずを得ません。
このようにルパン・シリーズの文庫本は品切れや絶版になっているものが多いので、ルパン・シリーズの作品の多くを現在読もうとすると、小学校高学年でも読めるように漢字には総ルビつきのハードカバーではありますが、完訳決定版である、

完訳版 アルセーヌ・ルパン全集 全25巻、別巻5巻;モーリス・ルブラン原作(偕成社)

を入手するのが比較的容易です。
一部の作品については「偕成社文庫」で文庫化されていますが、文庫と言っても単行本より一回り小さいソフトカバーの本です。
また、「ルパン全集」ではありますが、ルパン不在の「準ルパンもの」もあれば、「非ルパンもの」も5冊(うち別巻に4冊)含まれています。しかしながら、「非ルパンもの」と言っても、日本においてはルパンと関連するような作品もあったりします。(後述)

偕成社のシャーロック・ホームズ全集をご紹介した記事でも少し触れましたが、このアルセーヌ・ルパン全集にも電子書籍があります。
紙の本をスキャナーで取り込んで電子書籍化した「フィックス型」(固定レイアウト型)の電子書籍です。
偕成社のルパン全集では一部の作品が電子書籍化されていません(おそらく権利上の問題?)が、『八点鐘』は電子書籍で販売されています。
ただし、この電子書籍はAmazon KindleやApple Books、Google Playブックスなどでは販売されていません。
私が確認した限りでは、以下の電子書籍販売サイトで購入可能です。

販売サイト(2019年3月現在)

その他の電子書籍情報

上に記した偕成社版の他に、グーテンベルク21などが刊行している保篠龍緒さん翻訳の『八点鐘』を電子書籍で読むことができます。
私はこれを所持していませんが、サンプルを読む限り、少々時代がかった文章ではありますが、これはこれで味わいのある翻訳です。

保篠龍緒さんといえば、ルブランの「準ルパンもの」や「非ルパンもの」を改作して、『バーネット探偵社』に登場するジム・バーネット(=アルセーヌ・ルパン)、保篠訳で言えば「ジム・バルネ」を登場させた贋作を記されるほど、ルパンを愛好された方だと伺っています。
それらの作品は最近出版された、

『名探偵ルパン』モーリス・ルブラン著、保篠龍緒 訳、矢野歩 編(論創社)

で読めるようです。(電子書籍ではありませんが。)

漫画化された『八点鐘』

新潮文庫版『八点鐘』をベースにした漫画化作品、『怪盗紳士アルセーヌ・ルパン 八点鐘』(全2巻、朝日新聞出版)も電子書籍で読めます。
描き手は、シャーロック・ホームズや金田一耕助シリーズ、ハーレクイン・ロマンス小説など、国内外の数多くの作品の漫画化を手がけるJETさん。
原作に多少のアレンジも加えられた本作は、紙版が現在品切れ状態なので、電子書籍で読むのもいいかもしれません。

終わりに;参考文献

名探偵アルセーヌ・ルパン(=レニーヌ公爵)の活躍が堪能できるとともに、オルタンスとの恋模様も気になる8つの冒険が収められた、クイーンの定員No. 69『八点鐘』
子供ばかりでなく、大人になっても何回読んでも楽しめる名作短編集です。

この記事の参考文献・参考図書

ジャック・ドゥルワール 著・大友徳明 訳, ルパンの世界(水声社)

糸田屯, 「ルパン・コミカライズの世界」, 『ハヤカワミステリマガジン2018年11月号(第63巻第6号)』(早川書房)p.98〜p.99

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