クイーンの定員 シャーロック・ホームズ

定員No. 29:『短編ミステリの二百年』の巻頭を飾る「霧の都」の奇譚『霧の中』

霧の夜

enriquelopezgarreによるPixabayからの画像

2019年10月、創元推理文庫の<名作ミステリ新訳プロジェクト>の第10弾として、小森収 編『短編ミステリの二百年1』が出版されました。
その巻頭を飾る作品がリチャード・ハーディング・デイヴィスの「霧の中」という作品。
これは、クイーンの定員にも選ばれた作品です。
この記事では、この「霧の中」を紹介するとともに、『短編ミステリの二百年1』についても少し触れたいと思います。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 29

In The Fog
『霧の中』リチャード・ハーディング・デイヴィス(米1901年)ーHQ

1編収録(三部構成の連作)、全編邦訳。

  • In the Fog 「霧の中」

入手容易な邦訳

小森収 編『短編ミステリの二百年1』(創元推理文庫)所収の「霧の中」猪俣美江子 訳。


【電子書籍】なし。


短編ミステリの歴史を彩る名作・傑作を読み返す『短編ミステリの二百年』

では、江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』以後の、欧米の短編ミステリは、どうなっていって、それを、日本の先輩ミステリファンは、どのように受け止めてきたのか。本書は、実際に読者のみなさんと一緒に短編ミステリを読み返しながら、そのことを辿ってみようというものです。

小森収「短編ミステリの二百年」より

『霧の中』を紹介する前に、今回、この作品が収められた小森収 編『短編ミステリの二百年1』を簡単にご紹介します。
上の引用にもあるように、このアンソロジーは、江戸川乱歩 編『世界推理短編傑作集』(旧『世界短編傑作集』)を擁する創元推理文庫が21世紀の世に問う、新たな一大アンソロジーです。
<Webミステリーズ!>で現在も連載中の小森収さんの評論「短編ミステリの二百年」(「短編ミステリ読みかえ史」より改題)をベースに、さまざまな短編を新訳で収録し、巻末には小森収さんの評論も掲載しています。全6巻の刊行予定のようです。


この小森収さんの評論「短編ミステリの二百年」の章題を少し見てみると、

序章 『世界推理短編傑作集』の影の内閣(シャドウキャビネット)

  1. 最初の一世紀
  2. シャーロック・ホームズ登場
  3. 霧の都の奇譚

(以下省略)

序章では、一節を費やしてシャーロック・ホームズを論じています。
その後、

ディテクションの小説を中心として編まれた『世界推理短編傑作集』と同時代にあって、やがてはミステリとして改めて読まれるかもしれない<影の内閣(シャドウキャビネット)>とでも呼ぶべき作品群を、再読することから、本書は始めたいと思います。

と締めて、次の節「霧の都の奇譚」へと続き、『霧の中』が紹介されます。

『霧の夜』から63年ぶりの新訳『霧の中』

「この記憶さるべき本は、たがいに関連のある二編の物語を収録しており、アングロ=アメリカン風の語り口の完璧なカクテルの典型」(クイーン)

この引用は『クイーンの定員Ⅱ』(光文社文庫)の解説より。
クイーンの定員の区分に従えば、「第一期黄金時代」の最初を飾る作品が『霧の中』ということです。
ところで、この作品は過去に『霧の夜』というタイトルで翻訳されています。
戦前にもこのタイトルで邦訳があるようですが、1956年刊の世界大ロマン全集第4巻『緑のダイヤ』(東京創元社)にも収録されており、参考サイトの濫読者の羅針盤 @ ウィキ:QQ029によれば、延原謙さん新潮文庫のシャーロック・ホームズ全集の翻訳でお馴染みですね)の翻訳のようです。
こちらの訳には章題がついているようですが、今回の新訳にはそのようなタイトルは記されていません。

『短編ミステリの二百年1』によれば、本編の初出は1901年にニューヨークのR. H. Russell社から出た単行本ですが、その後、イギリスの月刊誌 The Windsor Magazine 1902年3, 4, 5月号に一章ずつ3回に分けて連載されたそうで、延原訳はこの英版を底本にしたものと考えられます。
米版は、Project Gutenbergに掲載されているeBooksがそれだと思われますが、単にCHAPTER Ⅰ〜Ⅲと表記されています。
英版は、Famous (and forgotten) Fictionに掲載されており、それによれば、

  1. The Story of the Naval Attachéある海軍武官の体験談
  2. The Story of the Queen’s Messenger(英王室の特使(とロシア皇后陛下のダイヤモンド)の話)
  3. The Solicitor’s Story(弁護士の話)

と、第2章と第3章にはタイトルが記されています。第1章はイギリスでの連載の最初のためか、タイトルはついていないようですが、話の内容は括弧内に記した内容です。延原さんは、おそらくこれらを参考にして章題をつけて翻訳したのでしょう。
米版と英版のリンク先は参考サイトに記しました。それぞれ当時のイラストも掲載されているようなので、ご確認ください。

三部構成の連作短編で二編の物語が語られる一つの

「霧の中」は、ロンドンの<グリル>と呼ばれる社交クラブで、ある大物政治家がいまにも探偵小説を読み終えようとしている場面から始まります。他の人たちは、彼にそのまま本を読み続けてもらいたいようで、

(その本の)最後ではなく、最初の数ページだったら!

とか、

(彼に)シャーロック・ホームズ物の最新作を手渡せるなら、百ポンド——いや、千ポンド(最後はやぶれかぶれの口調で、)五千ポンドやってもいいのだが

などど、苦々しげにつぶやいていたところ(ここでもシャーロック・ホームズが出てきましたね)、そこに居合わせたアメリカ人の海軍武官が静寂を破ります。

しかし、さすがのシャーロック・ホームズも(彼は叫んだ。)今夜、ロンドン警視庁を悩ませている謎を解くことはできなかったでしょうね

そして、前日体験したばかりという奇妙な殺人事件の話を始めます。(それが第一章。)

その後の詳細は割愛しますが、他にも二人の語り手がいます。
80ページ程度ある比較的長めの作品ですが、それぞれの語り手が話す物語は興味深いです。

あれ?語り手が三人なら、三編の物語では?
ラルくん

と思われるかもしれませんが、クイーンの言う「アングロ=アメリカン風の語り口の完璧なカクテル」を確認してみてください。
ただ、ディテクションの小説ではありません。シャーロック・ホームズのような探偵も出てこないので、そこにはあまり期待しすぎないようにしましょう。

メモ

ところで、『短編ミステリの二百年1』では「霧の都の奇譚」としてもう一作品、「クリームタルトを持った若者の話」を紹介しています。
これが収められたロバート・ルイス・スティーヴンスン『新アラビア夜話』も、クイーンの定員No. 11なので、そのうちこのブログでもご紹介できればと思います。

終わりに

クイーンの定員No. 29『霧の中』は、連作短編的な一つの話でした。
続刊の刊行も楽しみな、創元推理文庫の新たな一大アンソロジー『短編ミステリの二百年』で、63年ぶりに新訳で読めるようになったのはうれしいですね。

この記事の参考文献・参考図書・参考サイト

濫読者の羅針盤 @ ウィキ

In the Fog by Richard Harding Davis - Project Gutenberg (Free Ebook)

Famous (and forgotten) Fiction - Writings -In The Fog by Richard Harding Davis

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