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【2022年版】真冬にはミステリー、クリスマスにはクリスティーを

2022年12月16日

クリスマスとミステリ

Annemieke WeverberghによるPixabayからの画像

「クリスマスにはクリスティーを!」 "A Christie for Christmas!"

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昨年、上のような記事を記しましたが、2021年に話題になった『クリスマスの殺人 クリスティー傑作選が、装い新たに2022年版として刊行されました。
そこで、この記事ではその2022年版をご紹介するとともに、読みづらかった上の記事のうち、『クリスマスの殺人 クリスティー傑作選の部分を以下に改めて記します。

クリスマスの殺人 クリスティー傑作選 2022年版

本書は、"Midwinter Murder : Fireside Mysteries from the Queen of Crime"というタイトルで、2020年に英米で出版されたアガサ・クリスティーの短編傑作集の翻訳です。
真冬に起こった殺人などをテーマにした作品が収録されており、エルキュール・ポアロやミス・マープルを始め、クリスティーの生み出した探偵が多く登場しています。
なお、クリスティーの短編のほとんどは、雑誌から短編集に収録されていますが、イギリスとアメリカでは別の短編集に収録されることが多いので、本書の巻末には書誌情報が付記されています。
日本語訳はすべてハヤカワ文庫(クリスティー文庫)収録のものが用いられています。(この記事の「底本」は日本語訳の底本です。)

2021年版と2022年版は何が違うのか?

2022年版の特徴

  1. 2021年版は青の函に青の表紙であったが、2022年版は赤の函にシックな緑の表紙に。
  2. 2022年版には、巻末にミステリ書評家の霜月蒼氏の「解説」が収録。

収録作品は変わりないですが、2022年版はよりクリスマスらしい華やかなたたずまいになりました。
また、『アガサ・クリスティー完全攻略』でお馴染みの霜月蒼さんの解説が新たに収録。
ギフトブックですので、今年も本が好きな人に贈るクリスマス・プレゼントとして、そし自分へのご褒美としてもぴったりの豪華函入り本です。

ポイント

原題:Introduction: Christmas at Abney Hall
底本:『アガサ・クリスティー自伝』An Autobiography(1977年;乾信一郎 訳)より抜粋

序文もクリスティーの筆によるもので、『アガサ・クリスティー自伝(上巻)』「第三部 成長する」からの抜粋です。
クリスティーが子供の頃、イギリス北西部チェシャの“アブニー邸”にてクリスマスをよく過ごしたことが、楽しそうに記されています。

チョコレートの箱

「……もしぼくが自惚れだしたな、と思ったらいつでも——そんなことはあるまいが、ないとも限らないし」
 私(ヘイスティングズ)は笑みを抑えつけた。
「そう思ったら、“チョコレートの箱”と言ってくれ。いいな?」

「チョコレートの箱」よりポアロの言葉

ポイント

探偵:エルキュール・ポアロ
原題:The Chocolate Box
底本:『ポアロ登場』(1924年;真崎義博 訳)

風が吹き荒れ、雨が窓を打つひどい夜。エルキュール・ポアロとヘイスティングズ大尉は暖炉のまえで脚を伸ばしていた。
そんなとき、ポアロは自らのベルギー時代の失敗談を披露してみせる。
その最後でポアロが言った言葉が上の引用文ですが、これはホームズ物語の「黄色い顔」(短編集『シャーロック・ホームズの回想』所収)へのオマージュでもあり、パロディでもあったりします。

この作品を気に入ったら

『ポアロ登場』(真崎義博 訳)はポアロとヘイスティングズのかけあいが面白い、ポアロものの第1短編集です。
また、「チョコレートの箱」はデビッド・スーシェ主演の「名探偵ポワロ」シリーズでTVドラマ化されています。
だいぶん脚色されていますが、むしろ原作より面白いかもしれないので、ぜひお楽しみください。

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クリスマスの悲劇

ポイント

探偵:ミス・マープル(ジェーン・マープル)
原題:A Christmas Tragedy
底本:『火曜クラブ』(1932年;中村妙子 訳)

詳細は、下の記事のこちらをご参照ください。

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ここでは、クリスティー文庫の中村妙子さんの訳をご紹介します。

クィン氏登場

クィン氏の到来は、けっして偶然ではなく、出番が来た役者が舞台に上がったようなものだった。今夜、ロイストン荘の大広間では、一幕の芝居が演じられていた。(中略)これはクィン氏のしわざだ。彼がこの芝居を演出し、役者たちに出番の合図を出しているのだ。彼がこの謎の中心にいて、糸を引き、人形を操っている。彼はなにもかも知っている——

「クィン氏登場」(嵯峨静江 訳)より

ポイント

探偵:ハーリ・クィン
原題:The Coming of Mr. Quin
底本:『謎のクィン氏』(1930年;嵯峨静江 訳)

大晦日の夜、ロイストン荘の友人宅でのパーティーに招待された初老の英国紳士サタースウェイト氏。
これまで彼は、面前でくりひろげられる、さまざまな人生を、間近に見物してきた」が、あくまで観察者であり、そのドラマの当事者になることはなかった。
新年が間近に迫る中、やがて話題は、彼らの友人で、謎の拳銃自殺を遂げた館の前の持ち主へと移り、なにやら緊張した空気が漂い始める。
そんなおり、車が故障して立ち往生したハーリ・クィンが、一時の暖を求めて、屋敷を訪れた……。

クリスティーが生み出した探偵たちはもちろん、古今東西の名探偵と比べても一際(ひときわ)異彩を放つ不思議な「探偵」、ハーリ・クィンの登場です。
超自然的な存在のクィン氏は事件解決のヒントを示すだけで、奔走するのはサタースウェイト氏。
新年を迎えるのにふさわしい結末を導きます。

この作品を気に入ったら

本書『クリスマスの殺人』には、もう一編クィン氏ものが収められています。
いずれの短編も短編集『クィン氏登場』(嵯峨静江 訳)に収録されており、2004年の新訳で楽しめます。
なお、2020年に創元推理文庫からも新訳刊行されており、本作も「ミスター・クィン、登場」というタイトルで収録されていますが、それも含めて後述

バグダッドの大櫃の謎

ポイント

探偵:エルキュール・ポアロ
原題:The Mystery of The Baghdad Chest
底本:『マン島の黄金』(1997年;中村妙子 訳)

クレイトン夫妻とリッチ少佐はかなり古くからの友人だった。
問題の3月10日の夜、クレイトン夫妻はリッチ少佐の家に招かれていたが、夫はその日の午後7時半ごろ、別の友人と酒を飲んでいたときに、スコットランドに急用ができたと告げ、そのわけを説明するためにリッチ少佐の家に行った。
やがて、リッチ少佐の家ではパーティーは催された。
その翌朝、少佐が中東から持ち帰ったバグダッド製の大櫃(おおつ)の中で、クレイトンの死体が発見された……。

本編の日本語訳は、1997年にクリスティー没後20年を経てファンに届けられた短編集『マン島の黄金』の他に、1939年にアメリカで出版された短編集"The Regatta Mystery"(クリスティー文庫では『黄色いアイリス』)にも収録されています。
『黄色いアイリス』に収められているものも中村妙子さんの翻訳ですが、訳文が『マン島の黄金』のそれと少し違います。

この作品を気に入ったら

『マン島の黄金』については後述するので、ここではポアロもの5編、パーカー・パインもの(後述)2編、マープルもの1編、ノンシリーズの幻想小説1編を収めた『黄色いアイリス』中村妙子 訳)をお薦めします。
なお、短編「バグダッドの大櫃の謎」を膨らませた中編が「スペイン櫃の秘密」(邦訳は後述の短編集『クリスマス・プディングの冒険』所収、福島正実 訳)で、これが「名探偵ポワロ」ではドラマ化されていますが、そのドラマ内容はむしろ「バグダッドの大櫃の謎」に近いです。

牧師の娘

クリスマスは一年に一度しかこないんだから

「牧師の娘」よりトミーの言葉

ポイント

探偵:トミーとタペンス(ベレズフォード夫妻)
原題:The Clergyman's Daughter
底本:『おしどり探偵』(1929年;坂口玲子 訳)

素人探偵となってさまざまな事件を解決していくトミーとタペンス。
自分たちが読んだ有名な推理小説とそこに登場する名探偵たちの手法を参考に、「探偵ごっこ」を繰り広げる彼らだが、今回はやたらとおしゃべりな作家探偵ロジャー・シェリンガムになりきって、牧師の娘が相続した〈赤い館〉の謎に挑む。

トミーとタペンス物は長編が4作あって、作品とともに年を重ねるのが特徴ですが、本作が収められた短編集『おしどり探偵』はトミーとタペンス物の唯一の短編集。
幼なじみだった二人が再会したところから始まる、冒険小説『秘密機関』の後に結婚した彼らは、共同で探偵社を経営し、事務所の受付係アルバートとともに事務所を運営しています。
なお、ロジャー・シェリンガムはアントニイ・バークリーが生み出した名(迷)探偵で、近年、ほとんどの作品が翻訳されましたが、最も有名な作品はやはり昔から翻訳がある『毒入りチョコレート事件』でしょうか。
(私のお気に入りは『最上階の殺人』ですが。)

この作品を気に入ったら

各話ごとに、パロディ(おふざけ)とパスティーシュ(本歌取り)とのあいだを自由自在に行き来して読者を翻弄する、短編集『おしどり探偵』(坂口玲子 訳)をお楽しみください。
また、この短編集の収録作品の一部は1982〜83年にドラマ化されています。
現在品切れ中ですが、DVDにもなっており、「牧師の娘」「赤い館の謎」という邦題でドラマ化されています。
ドラマは、セット(室内)とロケ(外)で画質が違いすぎるのが難点ですが、そこが気にならなければ、この短編集の読者なら気に入られると思います。

プリマス行き急行列車

ポイント

探偵:エルキュール・ポアロ
原題:The Plymouth Express
底本:『教会で死んだ男』(1982年;宇野輝雄 訳)

12月、ある大尉がプリマス行き急行列車の一等客室に乗りこんだとき、室内でクロロホルムの匂いを感じた。
やがて、スーツケースをむかい側の座席の下に押し込もうとしたが、うまくいかない。
そこには心臓を突き刺された女性の死体があったのだ!
凶悪な殺人の意外な真相をポアロは見抜く。

この作品を気に入ったら

『教会で死んだ男』は日本で独自に編纂された短編集。(後述)
本作自体は1923年にイギリスで、1924年にアメリカでそれぞれ発表されたようです。
日本では、1960年に独自編纂された『ポワロの事件簿2』(創元推理文庫)でも、「プリマス急行」(小西宏 訳)というタイトルで読めます。
この作品ももちろん「名探偵ポワロ」でドラマ化されています。
また、本作が原型となって記された長編が『青列車の秘密』
クリスティーの私生活が大変でコンディションが悪い時に書かれた長編ではありますが、なかなか読ませる作品です。
(これも「名探偵ポワロ」でドラマ化されていますが、かなり脚色されています。)

ポリェンサ海岸の事件

あなたは幸せ? でないならパーカー・パイン氏に相談を。

「中年夫人の事件」(乾信一郎 訳)より

ポイント

探偵:パーカー・パイン
原題:Problem at Pollensa Bay
底本:『黄色いアイリス』(1939年;中村妙子 訳)

上の引用は本作ではなく、短編集『パーカー・パイン登場』の最初に収録された作品「中年夫人の事件」の冒頭に記された新聞広告。
クリスティーは、統計について熱く語る男性客の会話からパーカー・パインを創り出したそうで、パインは、35年間の官庁勤めを終え、長年の仕事の経験から不幸な人の悩みを解決する仕事を、第二の人生に選んだ初老の男。
外見は度のきつい眼鏡をかけた禿頭の大男ですが、なぜかその姿には人を安心させる力があります。
『パーカー・パイン登場』の最初の6編は、彼の事務所を訪れる依頼人の悩みを解決できるようお膳立てする、というものですが、なかなかの傑作揃いです。
後半の6編は、中東などへの旅行に出たパインが行く先々で出くわす事件を解決するトラベルミステリ。
そして、『パーカー・パイン登場』に収められていない「ポリェンサ海岸の事件」では旅先での相談事に対応し、「レガッタ・デーの事件」(中村妙子 訳)では盗難事件にまつわる相談を解決します。
この2編は、クリスティー文庫では先に紹介した短編集『黄色いアイリス』に収められています。
パーカー・パインものはこの14編のみです。

さて、「ポリェンサ海岸の事件」では、冬の休暇にマジョルカ島のパルマを訪れたパーカー・パインが、そこで、息子の交際相手が気に入らない女性から「二人を別れさせてほしい。」と相談を持ちかけられます。
一方、その息子の交際相手ベティーは、彼が母親を気にしてばかりで、自分を諦めかねないので、この難局を上手く切り抜けられる方法を、パインに相談するのでした……。
何事も見かけどおりではないという、パーカー・パインもの全作に通ずる教訓が、本作でも楽しませてくれます。

この作品を気に入ったら

短編集『パーカー・パイン登場』(乾信一郎 訳)も手に取ってもらいたいところですが、実は、2021年に出た創元推理文庫の新訳『パーカー・パインの事件簿』(山田順子 訳)には、『パーカー・パイン登場』には未収録の2編、すなわち「ポーレンサ入江の出来事」「レガッタレースの日の謎」も収められた〈完全版〉です。
なお、この「レガッタレースの日の謎」「レガッタ・デーの事件」)は、元々はポワロが探偵役でしたが、短編集出版時に探偵をポワロからパーカー・パインに書き直したようです。
このポワロ・バージョンは、論創海外ミステリの戯曲集『十人の小さなインディアン』に、ボーナストラックとして「ポワロとレガッタの謎」(渕上痩平 訳)というタイトルで収録されています。
ちなみに、この戯曲集は『そして誰もいなかった』の戯曲版『十人の小さなインディアン』の他に、『死との約束』『ゼロ時間へ』の戯曲版も収められているので、クリスティー・ファンの方はぜひ。
戯曲版の中には、小説版からプロットを大きく変更されたものもあるので、小説を読んだことのある方も楽しめるでしょう。

教会で死んだ男

ポイント

探偵:ミス・マープル(ジェーン・マープル)
原題:Sanctuary
底本:『教会で死んだ男』(1982年;宇野輝雄 訳)

バンチ(ハーモン夫人)は、11月のある寒い日に教会の中で死にかけている男を見つけた。
彼は、ただ一語、「サンクチュアリ」という言葉を繰り返し、バンチに夫のジュリアンの名前らしき言葉をつぶやいた後、介抱の甲斐もなく息たえてしまった。
拳銃自殺かと思われたが、その後、彼の姉夫婦と名乗るエクルズ夫妻がやってきて、弟の背広を引き取って帰っていった。
バンチはロンドンで生活していたミス・マープルに相談する……。

バンチの住むチッピング・クレグホーンは、ミス・マープルものの代表作の一つ、長編『予告殺人』の舞台となったところで、本作は『予告殺人』の数年あとの出来事のようです。
本作はバンチとミス・マープルが策略を凝らすのが読みどころの一つ。
また、ラストは余韻を残します。

この作品を気に入ったら

短編「教会で死んだ男」は1954年に最初に発表されたようで、先述のように短編集『教会で死んだ男』(宇野輝雄 訳)は日本で独自に編纂されたものです。
この短編集はミス・マープルもの1編の他、ポアロもの11編、そして独立した怪奇短編1編が収録されています。

狩人荘の怪事件

ポイント

探偵:エルキュール・ポアロ
原題:The Mystery of Hunter's Lodge
底本:『ポアロ登場』(1924年;真崎義博 訳)

インフルエンザにかかったポアロの元へ、ミスタ・ロジャー・ヘイヴァリングという紳士がやってきて、いっしょにダービシャーへ来てほしいと依頼した。
ダービシャーで叔父が殺されたらしい。
ポアロの代わりに応対したヘイスティングズが同行することになったのだが……。

ポアロとヘイスティングズは電報でやり取りすることになるのですが、そのかけあいが面白いです。

この作品を気に入ったら

先述「チョコレートの箱」と同じく、本作は『ポアロ登場』に収められています。
この作品も「名探偵ポワロ」で「猟人荘の怪事件」というタイトルでドラマ化されていますが、大分脚色されています。

ところで、ポアロもののクリスマス・ストーリーと言えば、長編『ポアロのクリスマス』を外すわけにはいけません。
クリスティーの義兄ジェームズのために書いた「『もっと血にまみれた、思いきり兇暴な殺人』(中略)それが殺人であることに一点の疑いをさしはさむ余地のないような殺人」ミステリー!
クリスマス的趣向に満ちた「がちゃがちゃ」したトリックをご堪能下さい。
(映像化もされています。)

世界の果て

ポイント

探偵:ハーリ・クィン
原題:The World's End
底本:『謎のクィン氏』(1930年;嵯峨静江 訳)

公爵夫人のせいで、サタースウェイト氏はコルシカ島に来ていた。
そこには自称芸術家のネオーミがいた。
公爵夫人によると、彼女の以前の恋人は、誰かの宝石を盗んで、捕まってしまったらしい。
そんな彼女と公爵夫人、サタースウェイト氏は一緒にドライブに出かける。
雪が積もった山頂から、風が吹き付ける中、彼らが着いた場所は〈コチ・キャヴェエリ〉という小さな村だった。
ネオーミはその絶景地を“世界の果て”と呼んでいたのだが、そこにはハーリ・クィンがいた……。

サタースウェイト氏がハーリ・クィンと出会ったとき、そのたびに不幸な恋愛絡みの犯罪の謎が解かれ、愛の奇蹟を起こします。

この作品を気に入ったら

先述のように、本作も短編集『謎のクィン氏』に収録されていますが、2020年に創元推理文庫からも『ハーリー・クィンの事件簿』(山田順子 訳)というタイトルで新訳刊行されました。
いずれも12編収められています。
創元推理文庫版の「はじめに」によれば、クリスティーがお気に入りのミスター・クィンの物語の1つに「世界の果て」が入っています。

ところで、ハーリー・クィンものはこれですべてではなく、1926年に発表された「愛の探偵たち」(宇田川晶子 訳;邦訳は短編集『愛の探偵たち』所収)と、1971年に発表された「クィン氏のティー・セット」(小倉多加志 訳;邦訳は短編集『マン島の黄金』所収)の2編があり、ハーリ・クィンものは計14編です。
『マン島の黄金』については後述。)
なお、『謎のクィン氏』最終話「道化師の小径」『ハーリー・クィンの事件簿』では「ハーリクィンの小径」)のラストで、クィンと別れたサタースウェイト氏は、その後ポアロと出会い、長編『三幕の殺人』では探偵ポアロを食うほどの名脇役ぶりを発揮します。
(「名探偵ポワロ」ドラマ版には、残念ながらサタースウェイト氏は登場しません。)

エドワード・ロビンソンは男なのだ

ポイント

原題:The Manhood of Edward Robinson
底本:『リスタデール卿の謎』(1934年;田村隆一 訳)

エドワード・ロビンソン君は、ロマンスと冒険の世界にあこがれていた。
彼は景気のいい会社の事務員をしているし、養わなければならないものもいないし、おまけにモードと婚約している。
常識と分別のあるモードを愛しているし、彼女と幸せにやっていくことになるだろう、と信じてはいるが、少々“口やかましすぎる”と思っていた。
彼女の長所が彼をやけっぱちの行動に駆りたてるのだ。
たとえば、明日はクリスマス・イヴなのに、家に来て家族といっしょに過ごさないか、という彼女の誘いを断ったのも、そう。
3カ月前、彼はある懸賞で一等賞の500ポンドを獲得した。
モードに話すつもりでいたが、ある日、映画に連れて行って最上席をとったら、「大切なお金の浪費だわ」と言われたエドワード。
この瞬間、彼は465ポンドの高級車を買う決心をしたのだった。
クリスマス・イヴ。エドワードは愛車とともにロンドンを脱出した……。

本書収録作品中、探偵(どころか警察も)出てこない唯一の作品ですが、この作品、好きなんです。
いや、最初は本を読んだのではなく、1982年に英国で放送された「アガサ・クリスティー アワー」にてドラマ化されたのを見たのですが。
エドワードを演じたのは、若きニコラス・ファレル。
(ドラマ「名探偵ポワロ」にも、『ABC殺人事件』『青列車の秘密』で出演されています。)
彼の演じるエドワードが素敵で、エドワードが体験する一夜のロマンスと冒険にワクワクしたものです。
(そして、オチも秀逸。)
原作を後から読んだら、原作にほぼ忠実にドラマ化されていたのだなぁ、と気づきました。
「アガサ・クリスティー アワー」はLaLa TVやAXNミステリーで放送されていましたが、残念ながらソフト化されていません。
単発の1時間ドラマ全10話のうち、パーカー・パインも2話登場するので、もし機会がありましたら見てみてください。

この作品を気に入ったら

短編集『リスタデール卿の謎』(田村隆一 訳)には、表題作の他、江戸川乱歩 編『世界推理短編傑作集3』(創元推理文庫)にも収録されている「ナイチンゲール荘」『世界推理短編傑作集3』では「夜鶯荘」(中村能三 訳))も収められています。
いずれもノン・シリーズの短編が12編です。

クリスマスの冒険

ムッシュー・ポアロは、そのすべてを楽しんだ——そう、ぞんぶんにその楽しみを味わったのだった。

「クリスマスの冒険」(深町眞理子 訳)より

ポイント

探偵:エルキュール・ポアロ
原題:Christmas Adventure
底本:『マン島の黄金』(1997年;深町眞理子 訳)

ヘイスティングズが遠い南米に行ってしまって、ここしばらく寂しい思いをしているポアロ。
雪のクリスマスにエンディコット氏の家に招かれたポアロは、そこで執事から一通の手紙を受け取る。
そこには、みみずののたくったようなたどたどしい文字で、こんな文言が綴られていたのだ。
「ぜったいにプラム・プディングを食べちゃいけません」

1923年に発表された本作は、1940年代に2つの短編集に収められたようですが、この短編集はいずれも短命で、今ではその存在さえ、ほとんど知られていない、とのこと。
イギリスでは、1997年にクリスティー没後20年を経てファンに届けられた短編集『マン島の黄金』に収められました。
アメリカでは、本書『クリスマスの殺人』が初めての収録短編集となります。
そして、この「クリスマスの冒険」はクリスティー自身の手によって加筆されて中編小説になり、『クリスマス・プディングの冒険』と題する本に収められました。
クリスティーも自らのクリスマスの想い出を懐かしく思いながら、楽しく書いたことが伝わってくる作品です。

この作品を気に入ったら

「クリスマスの冒険」の他、先述「バグダッドの大櫃の謎」、同じく先述クィン氏のティー・セット」などが収録されている『マン島の黄金』(中村妙子・他訳)はバラエティに富んだ作品集で、読ませてくれます。
そして、『クリスマス・プディングの冒険』(橋本福夫・他訳)はクリスマスの時期にはマストリードな本。
クリスティーは「はじめに」で、このように記しています。

 このクリスマスのご馳走の本は、『料理長のおとくい料理集』と名づけてもよろしいでしょう。わたしがその料理長なのですよ! おもな料理は二つあります。「クリスマス・プディングの冒険」と、「スペイン櫃(ひつ)の秘密」。選りぬきの添えもの料理としましては、「グリーンショウ氏の阿房宮」「夢」「負け犬」、シャーベットとして、「二十四羽の黒つぐみ」。

「はじめに」(橋本福夫 訳)『クリスマス・プディングの冒険』より

この中編「クリスマス・プディングの冒険」(橋本福夫 訳)は、ドラマ「名探偵ポワロ」では、別題の「盗まれたロイヤル・ルビー」で映像化されています。
主演のデビッド・スーシェさんによる、〈英国王室御用達〉のマンゴーのさばき方も見どころの一つ。
(先日、日本でも出版されたスーシェさんの自伝『ポワロと私』(原書房)にも、その事が記されていましたね。)

まとめ:『クリスマスの殺人』は親しい人や自分へのプレゼントに最適

以上、真冬をテーマにしたアガサ・クリスティーのミステリー12編を収めた、『クリスマスの殺人 クリスティー傑作選をご紹介しました。
豪華な函入り本ながら、本のサイズ自体はそれほど大きくないので、親しい人へのクリスマス・プレゼントとしても、あるいは自分用のプレゼントとしても最適で、気軽に読めます。
ポアロ、ミス・マープル、トミーとタペンス、パーカー・パイン、そしてクィン氏と、クリスティーを代表する名探偵も勢ぞろいするので、この傑作選で興味を持たれた探偵については、彼らの関連作品にも手を伸ばしたいところです。

付記:忘れてはならない『ベツレヘムの星』

アガサ・クリスティーのクリスマス作品として、本書のほかに『ポアロのクリスマス』『クリスマス・プディングの冒険』をご紹介しましたが、もう1つ忘れてはならない短編集があります。
それは、『ベツレヘムの星』(中村能三 訳)。
ミステリ仕立てにはなっていないので、『クリスマスの殺人』には収録されていませんが、ミステリ要素はある、聖書に題材をとった物語と詩を集めたクリスマスブック。
それもみんな大人用で、かなり辛口なクリスマス、そしてキリストのお話です。
中村銀子さんのイラストも印象に残る、この『ベツレヘムの星』
わずか140ページ足らずの一冊なので、クリスマスの夜にご一読を。

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