このカテゴリーで記事を書くのは初めてなので、最初にその目的を記します。
はじめに;このカテゴリーの目的
このカテゴリーは、作家エラリー・クイーン(ことにフレデリック・ダネイ*)が欧米探偵小説史上最も重要な短編集の「路標的作品」を106作品(その後125作品にまで拡充)選び出して、発表年代順に<定員番号>をつけた「クイーンの定員」について、1作品ずつご紹介したいと思います。
*)作家エラリー・クイーンは、フレデリック・ダネイとマンフレッド・B・リーの二人の従兄弟による合作用ペンネームです。「クイーンの定員」はダネイがほぼ単独で執筆し、まとめたものです。
特に、当サイトにおいては
ココがポイント
2019年現在、日本語訳を容易に入手できて読むことができるか。
電子書籍では読むことができるか。
ということに主眼をおいてご紹介します。
そして、その短編集で活躍する探偵に着目して、その探偵が活躍する他の作品にも触れながら、私の感想を交えたいと思います。
紹介順は定員番号順ではなくバラバラです。本来なら「クイーンの定員」全125冊の一覧を最初に紹介すべきかもしれませんが、それは下の参考文献などにも記されていることなので、ある程度このカテゴリーの記事数が増えたらまとめようと思います。
このカテゴリーの主な参考文献・参考図書
エラリー・クイーン・各務三郎 編, クイーンの定員Ⅰ〜Ⅳ 傑作短編で読むミステリー史(光文社文庫)
荻巣康紀, 「≪クイーンの定員≫作品邦訳リスト」, 『QUEENDOM 第100号(34巻1号)』(エラリイ・クイーン・ファンクラブ)p.218〜p.235
森英俊 編著, 世界ミステリ作家事典[本格派篇]/[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇](国書刊行会)
関連
クイーンの定員を紹介したウェブサイトといえば、こちらのサイトが今でもGoogle検索で上位表示され、私も時々参考にすることがありますが、このサイトを運営されていた「私立本格推理小説 風読人:ふーだにっと」は、数年前にメインサイトを閉鎖されています。
そのため、クイーンの定員のサイトも消えてしまうかもしれないので、このブログカテゴリーを記すに当たっては、別の参考文献・参考図書・参考サイトなどと照らし合わせていくつもりです。
それでは本題に入りましょう。
最初の記事は、誰であろうエラリー・クイーンが記した短編集です。
その名も『エラリー・クイーンの冒険』。
なお、「クイーンの定員」の最初の106冊には3つの基準(H:歴史的重要性、Q:文学的価値、RとS:稀覯本としての希求度)が定められていますが、本作はクイーン自身の短編集であるからか、その基準の記載はありません。
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 90
The Adventures of Ellery Queen ——Problems in Deduction
『エラリー・クイーンの冒険 ——推理の諸問題』エラリー・クイーン(米1934年)
11編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:エラリー・クイーン
- The Adventure of the African Traveler 「アフリカ旅商人の冒険」
- The Adventure of the Hanging Acrobat 「首つりアクロバットの冒険」
- The Adventure of the One-Penny Black 「一ペニー黒切手の冒険」
- The Adventure of the Bearded Lady 「ひげのある女の冒険」
- The Adventure of the Three Lame Men 「三人の足の悪い男の冒険」
- The Adventure of the Invisible Lover 「見えない恋人の冒険」
- The Adventure of the Teakwood Case 「チークのたばこ入れの冒険」
- The Adventure of "the Two-Headed Dog" 「双頭の犬の冒険」
- The Adventure of the Glass-Domed Clock 「ガラスの丸天井付き時計の冒険」
- The Adventure of the Seven Black Cats 「七匹の黒猫の冒険」
- The Adventure of the Mad Tea-Party 「いかれたお茶会の冒険」
入手容易な邦訳
『エラリー・クイーンの冒険』中村有希 訳(創元推理文庫)に、全編収録。
【電子書籍】2編は『七匹の黒猫』真野明裕 訳(グーテンベルク21)で読める。
『エラリー・クイーンの冒険』新訳版は序文も収録された完全版
作家エラリー・クイーン(ハヤカワ文庫ではエラリイ・クイーン)は、そのペンネームと同じ名前の探偵エラリー・クイーン(エラリイ・クイーン)を創造し、1929年に発表された『ローマ帽子の謎(ローマ帽子の秘密)』を始めとした、いわゆる「国名シリーズ」で探偵エラリーを活躍させました。
短編集『エラリー・クイーンの冒険』は、作家エラリー・クイーンにとっても、そしてもちろん探偵エラリー・クイーンにとっても第一短編集です。
実は、創元推理文庫では1961年にこの短編集を文庫化したのですが(井上勇 訳)、これには新訳の題名でいえば「いかれたお茶会の冒険」(題名は『不思議の国のアリス』より)が未収録でした。それは、『世界短編傑作集4』江戸川乱歩 編(創元推理文庫)にこの短編が既に収録されていたので割愛されたためです。
この「傑作アンソロジーに収録されている短編だから割愛された」パターン、昔は結構行われていたことであり、『エラリー・クイーンの冒険』、『世界短編傑作集』のいずれかに興味を抱いた方がもう一方も手に取る、というWin-Winなメリットもあったと思われます。
この二冊は比較的重版されていたとは思いますが、しかしながら、このパターンは例えば傑作アンソロジーが品切れになって絶版になってしまうと、
ということになりがちです。(逆に、傑作短編1作しか読めない場合もあります。)
最近、創元推理文庫の『世界短編傑作集』は『世界推理短編傑作集』に全面リニューアルされている途中で、「いかれたお茶会の冒険」は『世界推理短編傑作集4』にも収録されているので、そういった心配はなくなりました。
ちなみに、光文社文庫のアンソロジーには宮脇孝雄 訳の「見えない恋人」(「見えない恋人の冒険」)が収録されています。
閑話休題。
2018年に刊行された新訳版『エラリー・クイーンの冒険』は全11編収録されているばかりでなく、J・J・マックによる「序文」も収録されています。
J・J・マックは探偵エラリーとその父親リチャード・クイーンの友人で、国名シリーズの前書きを記されている方(という設定です)が、この短編集にも序文を寄せていたことは恥ずかしながら初めて知りました。まさに新訳決定版です。
私が旧訳版を初めて読んだときの印象はそんなによくなかった
私が旧訳版を読んだのは今から約20年前の話。
そもそも私がエラリー・クイーンの作品を初めて読んだのは、『世界の名探偵コレクション10 (7)エラリー・クイーン』鎌田三平 訳(集英社文庫)でした。
(蛇足ながら、この集英社文庫の「世界の名探偵コレクション」シリーズは私に多大な影響を与えたもので、今後もたびたび登場すると思います。)
『エラリー・クイーンの冒険』からは「黒の一ペニー切手の冒険」(「一ペニー黒切手の冒険」)と「いかれ帽子屋のお茶会」(「いかれたお茶会の冒険」)が収録されていたのですが、どうも探偵エラリー・クイーンが好きになれなかったのです。
というのが、「国名シリーズ」も含めて私が探偵エラリーの初期作品に抱いた印象でした。
その印象が少しずつ変わってきたのは、『中途の家(途中の家)』という長編を読んでからでした…あ、その前に『シャム双子の謎(シャム双子の秘密)』があったかな。
当時は、ほぼ作品発表順に探偵エラリーの活躍作品を読み進めていったわけですが、中期の名作長編『災厄の町』(ハヤカワ文庫)、『十日間の不思議』(ハヤカワ文庫)と読み進めて、そして『九尾の猫』(ハヤカワ文庫)を読んで、探偵エラリーを私の中で受け入れるようになったのでした。
なお、ここで挙げた長編は比較的容易に入手可能な作品です。『十日間の不思議』は現在品切れのようですが(新訳待望!)、電子書籍で読むことができます。他の作品も創元推理文庫、角川文庫、ハヤカワ文庫のいずれかで読めると思いますので、長編もぜひお楽しみください。
新訳版は中村有希さんの翻訳も魅力的
そういうわけで、エラリー・クイーンの諸作をほぼすべて読破して、探偵エラリーに抵抗がなくなった今、あらためてこの短編集を読みましたが、どれも面白く読めました。
旧訳版を読んだときは、作家エラリー・クイーンのその後の十八番となる「ダイイング・メッセージ」がテーマの「ガラスの丸天井付き時計の冒険」くらいしか評価していませんでしたが、今回は過去に読んだときには感じなかった、作品のプロットの面白さがそれぞれ伝わってきました。
これは翻訳の力も大きいと思います。
中村有希さんの翻訳は、エリザベス・フェラーズという作家の『猿来たりなば』という作品を読んで以来、好きな翻訳家さんのお一人ですが、登場人物が魅力的に感じられることが多いです。
例えば、最初の「アフリカ旅商人の冒険」に出てくるイックソープ嬢に始まり、「七匹の黒猫の冒険」のミス・カーレイなど(たぶん)この一作限りの登場ではもったいない人物もいて、彼女たちがその後のエラリー作品に出てくるポーラ・パリスやニッキイ・ポーターらの原型のような気がしました。
探偵エラリーに至っては、お茶目…とは申しませんが、エラリーがある作品で取る行動などを微笑ましく思って読みました。(いや、あまり「微笑ましい」行動ではないかな…)
電子書籍情報
旧訳、新訳ともに、残念ながら『エラリー・クイーンの冒険』は電子書籍化されていません。
作家エラリー・クイーンの諸作は、特に中・後期の作品の翻訳権を持っている早川書房から電子書籍が多く出版されていますが、全部ではありません。(全部電子書籍化してほしい!)
そして、もともと早川書房では紙書籍版の本短編集は出版されていません。
電子書籍で読めるエラリー・クイーンの短編作品は、私が調べた限りではデジタル書店グーテンベルク21が出版している『七匹の黒猫』(真野明裕 訳)です。
グーテンベルク21ではエラリー・クイーンの長編(主に初期作品)も複数読むことができます。
電子書籍の購入は、最近開店した「電子書籍モール Beyond Publishing」にて購入できる他、さまざまな電子書籍販売サイトで購入できますが、hontoでは取り扱われていないようです。
私はこの『七匹の黒猫』を購入していませんが、立ち読みした限りでは、1977年に日本で独自に編まれた作品集『エラリー・クイーン傑作集』(番町書房)、あるいはそれを文庫化した『クイーン 推理と証明』(講談社文庫)から4編を収録しているようです。
『エラリー・クイーンの冒険』からは2編、「アフリカ帰り」(「アフリカ旅商人の冒険」)と「七匹の黒猫」(「七匹の黒猫の冒険」)。
もう2編は、続編の短編集『エラリー・クイーンの新冒険』に収録されている「正気にかえる」と「神の燈火(かがりび)」(「神の灯」)で、特に「神の灯」は名作中編ですので、この電子書籍『七匹の黒猫』で読んでみるのもいいかと思います。
なお、創元推理文庫の『エラリー・クイーンの新冒険』は、こちらも優れた短編集なのですが現在品切れ中なので、新訳版が待ち望まれます。
『エラリー・クイーンの新冒険』、2020年7月に新訳で出版です。
終わりに;参考文献
クイーンの定員No. 90『エラリー・クイーンの冒険』は、2018年に新訳決定版が出版されてさらに親しみやすくなりました。
いずれも本格ミステリを楽しめる作品ばかりですので、未読の方はぜひお楽しみください。
なお、この4月には作家エラリー・クイーンが当時は別名義で発表した、元俳優の探偵ドルリー・レーンが活躍する名作『Xの悲劇』が、創元推理文庫より中村有希さんの訳で新訳出版されます。
20年前に読んだ宇野利泰さんの翻訳による『Xの悲劇』(ハヤカワ文庫)も、10年前に読んだ越前敏弥さんの翻訳による『Xの悲劇』(角川文庫)もよかったですが、中村さんの翻訳も楽しみです。
この記事の参考文献・参考図書
フランシス・M・ネヴィンズ 著・飯城勇三 訳, エラリー・クイーン 推理の芸術(国書刊行会)