クイーンの定員

定員No. 41:最も有名な「シャーロック・ホームズのライヴァル」のひとり;『隅の老人』

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結び目

前回ご紹介したアンナ・キャサリン・グリーン。

それに少し遅れて、海を渡ったイギリスではハンガリー出身の女性が奇妙な老人を主人公にした連作を発表し、評判を呼んでいました。
それがバロネス・オルツィの隅の老人シリーズです。
この記事では、クイーンの定員にも選ばれた短編集『隅の老人』をご紹介します。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 41

The Old Man in the Corner
『隅の老人』バロネス・オルツィ(英1909年)ーHQS

12編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:隅の老人

  • The Fenchurch Street Mystery 「フェンチャーチ街駅の謎」(「フェンチャーチ街の謎」)
  • The Robbery in Phillimore Terrace「フィルモア・テラスの盗難」
  • The York Mystery 「ヨークの謎」
  • The Mysterious Death on the Underground Railway 「地下鉄怪死事件」(「地下鉄の怪事件」)
  • The Liverpool Mystery 「リヴァプールの謎」
  • The Edinburgh Mystery 「エジンバラの謎」
  • The Theft at the English Provident Bank 「<イギリス共済銀行>強盗事件」
  • The Dublin Mystery 「ダブリンの謎」(「ダブリン事件」)
  • An Unparalleled Outrage [前題:The Brighton Mystery] 「ブライトンの謎」
  • The Reagent's Park Murder 「<リージェント公園>殺人事件」(「リージェント・パークの殺人」)
  • The De Genneville Peerage [前題:The Birmingham Mystery] 「バーミンガムの謎」
  • The Mysterious Death in Percy Street「パーシー街の怪死」(「隅の老人最後の事件」)

入手容易な邦訳

『隅の老人【完全版】』平山雄一 訳(作品社)に、全編収録。
『隅の老人の事件簿』深町眞理子 訳(創元推理文庫)に、4編収録。
『世界推理短編傑作集1』江戸川乱歩 編(創元推理文庫)に、1編収録。


【電子書籍】なし。

『隅の老人【完全版】』でシリーズ全作品を読める

シャーロック・ホームズ ライヴァル (ライバル)

で検索してみると、いろいろな「ライヴァル」たちが検出されます。
『ストランド・マガジン』というイギリスの雑誌にホームズ物語が初めて発表された19世紀末から20世紀の始め、ホームズ人気にあやかって、他の雑誌も競うようにホームズ物語のような作品を掲載するようになりました。つまり、同じ主人公が登場する読み切り短編連載です。

それらの中で、今でも読み継がれている物語の一つがバロネス・オルツィの隅の老人シリーズ。
クイーンの定員No. 41に選ばれている短編集『隅の老人』。その収録短編は、20世紀に一応全作品邦訳されていました。
例えば、旧版の『世界短編傑作集1』(創元推理文庫)に「ダブリン事件」(宇野利泰 訳)。光文社文庫の「クイーンの定員」アンソロジーには「英国プロヴィデント銀行窃盗事件」(大村美根子 訳;「<イギリス共済銀行>強盗事件」)が収められており、創元推理文庫の「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」シリーズ『隅の老人の事件簿』(深町眞理子 訳)にも4編収録されています。

メモ

リニューアルされた『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫)の「ダブリン事件」は新訳(深町眞理子 訳:『隅の老人の事件簿』と同じ訳者)です。
旧版は、エラリー・クイーンが1941年に上梓した"101 Years' Entertainment: The Great Detective Stories, 1841-1941"というアンソロジーを翻訳の底本としていたのですが、今回は初出のロイヤル・マガジン掲載時のものを底本として使用したそうです。
後に触れるように、雑誌初出時と『隅の老人』単行本収録時とでは作者による描き直しがあるのですが、『世界短編傑作集』旧訳の底本にはクイーンによる文章のカットもあることが、新保博久さんによって指摘されています。(→参考文献

ところが、作品が収められた本の中には絶版状態の本もあったので、数年前までは『隅の老人』の収録作品全編をまとまった形で読むことは困難でした

2014年に作品社から『隅の老人【完全版】』(平山雄一 訳)が出版されました。
これは短編集『隅の老人』ばかりでなく、『ミス・エリオット事件』『解かれた結び目』の原書単行本全3巻に、単行本未収録の作品'The Glasgow Mystery'「グラスゴーの謎」を加えた、隅の老人シリーズ全38編を網羅した1巻本全集です。
お値段は少々高めですが、【完全版】という名にふさわしく、

  • 本邦初訳4編、戦後初改訳7編
  • 第1、第2短編集収録作は雑誌初出のテキストから翻訳
  • 初出誌の挿絵90点収録
  • 詳細な訳者解説付き(単行本収録時のテキストとの比較、など)

と充実した内容になっています。

『隅の老人』は第1短編集?

『隅の老人【完全版】』では、各作品が雑誌掲載順に配置されています。
したがって、一番最初に収録されている作品は「『ロンドンの謎』シリーズ 第一篇」という副題が記された「フェンチャーチ街駅の謎」で、以下、

メモ

<『ロンドンの謎』シリーズ>

  1. 「フェンチャーチ街駅の謎」
  2. 「フィルモア・テラスの盗難」
  3. 「地下鉄怪死事件」
  4. 「<イギリス共済銀行>強盗事件」
  5. 「<リージェント公園>殺人事件」
  6. 「パーシー街の怪死」

<『大都市の謎』シリーズ>

  1. 「グラスゴーの謎」…単行本未収録
  2. 「ヨークの謎」
  3. 「リヴァプールの謎」
  4. 「ブライトンの謎」
  5. 「エジンバラの謎」
  6. 「ダブリンの謎」
  7. 「バーミンガムの謎」

という順で、作品が発表されています。
「グラスゴーの謎」が収録された『ロイヤル・マガジン』1901年11月号には、<E・オルツィ女男爵>というタイトルで著者オルツィの略歴と新シリーズ開始を告げた一文が掲載されており、『隅の老人【完全版】』にはそれも収録されています。

注意ポイント

「オルツィ男爵夫人」という呼称は厳密には間違いで、彼女は父親からハンガリーの男爵位を相続した女性貴族である、とのこと。

そして、短編集『ミス・エリオット事件』に収録されている表題作'The Case of Miss Elliott'「ミス・エリオット事件」に続くわけですが、先にご紹介した短編集の刊行順を確認してみると、

  • 『隅の老人』(The Old Man in the Corner):英1909年
  • 『ミス・エリオット事件』(The Case of Miss Elliott):英1905年
  • 『解かれた結び目』(Unravelled Knots):英1925年、米1926年

と、書誌学的には『ミス・エリオット事件』の方が第1短編集であることが分かります。
どうして、本来先に上梓されるべき『隅の老人』が1909年まで出版されなかったのかについてははっきりとは語られていませんが、『隅の老人【完全版】』訳者である平山雄一さんが解説で二つの理由を挙げられているので、興味のある方は確認してみてください。

婦人記者に「ポリー・バートン」という名前がつけられるまで

短編集『ミス・エリオット事件』はある婦人記者の一人称で書かれており、『隅の老人』収録作品も雑誌初出時では婦人記者の一人称でした。
それらの作品が遅ればせながら単行本に収録されたときに、その婦人記者に「ポリー・バートン」という名前がつくとともに、三人称の表現に書き改められ、さらに大幅な加筆も行われました
なんと、雑誌初出時には影も形もなかったポリー・バートンの恋人も、短編集『隅の老人』では出現します!

作品社の『隅の老人【完全版】』初出誌から翻訳されているので、婦人記者の一人称で話が進行しますが、単行本収録時にどのように書き換えられたのか、解説で詳しく記されています
まさに「『一冊』で二度おいしい」仕様になっています。

単行本未収録「グラスゴーの謎」の謎の解明

上に記した「グラスゴーの謎」は単行本未収録で、『隅の老人【完全版】』で初めて邦訳されました。
未収録になった理由は、『隅の老人【完全版】』初版第一刷が刊行された時点では不明でしたが、その後、『世界推理短編傑作集』『隅の老人の事件簿』でも解説をされている戸川安宣さんからご教示があったようで、初版第三刷以降ではその事情が追記されています
作品社の『隅の老人【完全版】』のホームページにも、その追記がPDFで掲載されています。

『隅の老人【完全版】』3刷訳者解説追記(PDF)

隅の老人シリーズを読むには

私は短編集『隅の老人』収録作品と「グラスゴーの謎」「ミス・エリオット事件」を読んだだけで、まだ『隅の老人【完全版】」のすべての収録作品を読めてはいません…
ただ、いくつかの作品を読んでいくと、あるパターンが存在するのに気づきます。
婦人記者(ポリー・バートン)が興味をおぼえた事件を隅の老人に訊ねると、隅の老人はその事件のあらましを彼女に話し、その事件の検死審問などで実際に自分が見聞きしたことを紹介し、そうして得られた隅の老人の結論を披露します。
しかしながら、隅の老人はその真犯人を警察に届けるようなことはしません。犯人は自由の身のままであり、隅の老人がいつの間にか姿を消しても、婦人記者はその「真実」を前にして途方に暮れるだけです。そこに残るのは結び目だらけの長い紐…

そんな隅の老人ですが、いろいろ秘密もありそうです。

隅の老人の謎

  • よく「安楽椅子探偵」と呼ばれているが、本当なのか?
  • 隅の老人の年齢は?
  • 雑誌連載時では6作目になる「パーシー街の怪死」は、創元推理文庫『隅の老人の事件簿』では「隅の老人最後の事件」という題名がつけられているが、その後にも作品が続いているのに、なぜ「最後」なのか?

そんな隅の老人に興味を持たれた方は、作品社の『隅の老人【完全版】』をどうぞ。
また、品切ればかりの創元推理文庫「シャーロック・ホームズのライヴァルたち」シリーズの中において、幸いにも『隅の老人の事件簿』は新刊で購入できるので、それから読んでみるのもいいかもしれません。

バロネス・オルツィの書いた他の作品

バロネス・オルツィは、欧米ではむしろ"The Scarlet Pimpernel"『紅はこべ』の作者として有名です。
「スカーレット・ピンパーネル」と呼んだ方が馴染みが良い方も多いでしょうか。私は未読ですが、フランス革命を背景にした大衆小説で、広義のミステリにも分類されるそうです。
『赤毛のアン』の翻訳で有名で、朝ドラ『花子とアン』のモデルになった村岡花子さんの翻訳も容易に入手可能です(『べにはこべ』河出文庫;電子書籍もあり)。

ミステリといえば、"Lady Molly of Scotland Yard"『レディ・モリーの事件簿』(論創社)という短編集もあります。残念ながら、2019年現在品切れのようですが、論創海外ミステリの「ホームズのライヴァルたち」シリーズの第一弾として刊行されました。(解説もこの頃は戸川安宣さん。)
レディ・モリーは最初期の女性警察官探偵として重要ですが、ミステリ史上初の女性探偵については、また別の機会に譲ることにします。

終わりに;参考文献

クイーンの定員No. 41『隅の老人』は、短編集『ミス・エリオット事件』『解かれた結び目』の収録作もすべて網羅した『隅の老人【完全版】』(作品社)で全作品読めます。
また、2019年現在、『隅の老人の事件簿』(創元推理文庫)も新刊で購入できるので、『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫)と合わせて読めば、『隅の老人』収録作の5編を読むことが可能です。

この記事の参考文献・参考図書・参考サイト

新保博久, HMM BOOK REVIEW <今月の書評> 復刊・新訳レビュー『エラリー・クイーンの冒険』, 『ハヤカワミステリマガジン2018年11月号(第63巻第6号)』(早川書房)p.211

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