クイーンの定員 シャーロック・ホームズ

定員No. 38:世界に先駆けた【完全版】全集で全貌が明らかに;『思考機械』

2020年1月24日

刑務所の独房

Ichigo121212によるPixabayからの画像

いわゆる「シャーロック・ホームズのライヴァル(ライバル)たち」の代表選手として、隅の老人を以前ご紹介しました。

その『隅の老人(完全版)』(作品社)の翻訳・解説をなされた平山雄一さんが、2019年に同じ作品社から出版されたのが『思考機械(完全版)』全2巻
この全集により、クイーンの定員No. 38に選ばれた短編集の収録作品も、全て読めるようになりました。
この記事では、代表的なホームズのライヴァルたちの一人でもある思考機械を取り上げます。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 38

The Thinking Machine
『思考機械』ジャック・フットレル(米・英1907年)ーHQS

7編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:オーガスタス・S・F・X・ヴァン・デューセン教授("思考機械")

  • The Problem of Cell 13 [前題:The Mystery of Cell 13] 「十三号独房の問題」
  • The Scarlet Thread「赤い糸」
  • The Strange Case of the "Man Who Was Lost" 「『記憶を失った男』の奇妙な事件」
  • The Great Auto Mystery 「大型自動車の謎」
  • The Flaming Phantom 「燃え上がる幽霊」
  • The Ralston Bank Burglary 「ラルストン銀行強盗事件」
  • The Mystery of a Studio 「アトリエの謎」

入手容易な邦訳

『思考機械(完全版)』第1巻 平山雄一 訳(作品社)に、全編収録。
『世界推理短編傑作集1』江戸川乱歩 編(創元推理文庫)に、1編収録。
『思考機械の事件簿Ⅰ』宇野利泰 訳(創元推理文庫)に、2編収録(ただし品切れ中)
『思考機械』押川曠  訳(ハヤカワ文庫)に、3編収録(ただし品切れ中)


【電子書籍】2編は『思考機械の事件簿Ⅰ』宇野利泰 訳(創元推理文庫)で読める。2020年現在、この電子書籍はebookjapan(Yahoo!ショッピング)でのみ販売。
別の2編はWebサイトで無料で読める。(後述)


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第1短編集『思考機械』について

シリーズ第一作にして代表作の「十三号独房の問題」

二たす二は常に四となる」が口癖の、<思考機械>ことオーガスタス・S・F・X・ヴァン・デューセン(ドゥーゼン)。
哲学博士(Ph.D)、法学博士(LL.D)、王立学会特別研究員(F.R.S.)、医学博士(M.D.)、歯学修士(M.D.S.)、…などなど、数々の称号を持ち、わずか1日指導を受けただけで、チェスの世界チャンピオンを打ち負かし、相手から、

「なんということだ(モン・デュー)! あなたは人間じゃない、あなたは頭脳そのものだ——機械だ——思考機械だ」

短編「思考機械」(平山雄一 訳)より

と言わしめたのが、その異名の由来です。(もっとも、上の引用が記された短編「思考機械」は第2短編集所収。)
この<思考機械>の捜査の手助けをするのが、新聞記者のハッチンソン・ハッチです。

思考機械シリーズ第一作にして、その代表作であるのが「十三号独房の問題」
『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫)にも収められており(宇野利泰 訳)、<思考機械>が科学者の大御所たちと、刑務所の独房から知力だけを用いて1週間以内に脱獄してみせるという賭けを行い、それを見事に成し遂げてしまうという作品で、各種アンソロジーにもよく収められる傑作です。

新聞初出時には懸賞つき探偵小説として連載:当選者の声が面白い

この「十三号独房の問題」は、<ボストン・アメリカン>紙に1905年10月30日付から11月5日付まで連載されました。新聞の販売促進のために、懸賞つき探偵小説(総額賞金100ドル)として月曜日から金曜日まで問題編が連載され、日曜日に解決編が掲載されたそうです。
『思考機械【完全版】』(第1巻)の訳者解説には、当時の連載の様子が詳細に記されており、さらに翌週に掲載された当選者の住所氏名、そして、顔写真とともに当選の喜びの声まで翻訳引用されており、当時の読者の皆さんがどうやって推理したのかまで楽しめます
この試みはその後も続けられ、第1短編集に収録された短編は新聞初出時ではすべて懸賞つき短編小説となっています。

新聞初出時から推敲を重ねて完成された第1短編集『思考機械』

『思考機械【完全版】』第1巻に収められた第1短編集の収録作品は、その単行本を底本として翻訳されていますが、その翻訳の底本と新聞初出時との異同を各話末尾にまとめて記されています「十三号独房の問題」に関していえば、1950年に発表された「EQMM版」とも比較を行っています。)
これらを比較すると、作者のフットレルが推敲に推敲を重ねて第1短編集を編んだことが垣間見られ、また、EQMM版では、エラリー・クイーンが自分の雑誌を編集する際に他人の作品にかなり手を加えていることが分かります。

佳作「赤い糸」、発端が衝撃的な「大型自動車の謎」、トリックが鮮やかな「燃え上がる幽霊」

「赤い糸」は光文社文庫のアンソロジーにも「緋色の糸」(宮脇孝雄 訳)として収められた佳作。唯一の手がかりである赤い糸くずから、密室トリックや入り組んだ動機、人間関係を解きほぐす姿が鮮やかです。
「大型自動車の謎」は2003年の雑誌『ミステリーズ』(東京創元社)に「深夜のドライブ」(吉田利子 訳)というタイトルで翻訳掲載されていた作品ですが、ヒロインと思しき女性がいきなり死んでしまうのが衝撃的でした。
「燃え上がる幽霊」は、新聞記者のハッチがある屋敷で幽霊と遭遇するという作品ですが、大がかりなトリックが用いられています。『思考機械【完全版】』では、新聞連載時に掲載された屋敷の構造の挿絵もあるので、より分かりやすくなっています。
本邦初訳の「アトリエの謎」は、ある画家のモデルになった女性が失踪するのですが、さらに二人の男性・女性も絡んできて、物語は悲劇的な様相を帯びてきます。

なお、『思考機械【完全版】』では雑誌発表順に配列されています。雑誌(新聞)発表順は以下の通り。

メモ

  1. 「十三号独房の問題」
  2. 「ラルストン銀行強盗事件」
  3. 「燃え上がる幽霊」
  4. 「大型自動車の謎」
  5. 'Kidnapped Baby Blake, Millionaire'「百万長者の赤ん坊ブレークちゃん、誘拐される」
  6. 「アトリエの謎」
  7. 「赤い糸」
  8. 「『記憶を失った男』の奇妙な事件」
    ……(以下省略)

このうち、「百万長者の赤ん坊ブレークちゃん、誘拐される」は、新聞初出時では同じく懸賞つき探偵小説でしたが、単行本には未収録です。(その後、1970年代にブライラー編の短編集に収録されました。邦訳も過去にあります。)
ネタバレになりそうなので詳細は控えますが、私は好きな作品です。

『思考機械(完全版)』でシリーズ全50編を読める

隅の老人シリーズに比べると、思考機械シリーズは多くの作品が単行本未収録のため、作品数がどれだけあるかもはっきりしない時代が長かったようです。
海外には数種類の「思考機械全集」が出版されているようですが、ほとんどは出典も明示されておらず、解説もない中で、作品社の『思考機械【完全版】』初出や再録との異同まで詳細に校注が施され思考機械全集であるにとどまらず、研究書としても世界に先駆けた画期的な労作です。

『思考機械【完全版】』によれば、思考機械シリーズの作品数は全50編とのこと。
単行本は4種類あり、

思考機械ものの単行本

  • The Thinking Machine (『思考機械』):第1短編集(7編)
  • The Thinking Machine on the Case(『思考機械の事件簿』):第2短編集(14編)
  • The Chase of the Golden Plate:長編「黄金の皿を追って」
  • The Diamond Master:非思考機械もの長編"The Diamond Master"に加えて、思考機械ものの短編「呪われた鉦(かね)を収録。

短編集の邦題は便宜上のもので、第1、第2短編集そのものが翻訳出版されたわけではありません。
残り27編が本国の単行本未収録というわけです。
なお、全50編の中には、思考機械を改めて読者に紹介する、事件らしい事件のない2編もカウントされています。
また、「幻」の思考機械作品として書誌に掲載されることのある'The Yellow Diamond Pendant'は、『思考機械【完全版】』では訳出されていません。その理由については、第1巻の訳者解説をご参照ください。

作品社の『思考機械【完全版】』は、思考機械シリーズ全50編を網羅した2巻本全集であり、

  • 本邦初訳14編、単行本初収録6編
  • 初出紙誌の挿絵120点超を収録
  • 著者生前の単行本未収録作品は、すべて初出紙誌から翻訳
  • 初出紙誌と単行本の異同を詳細に記録

と充実した内容になっています。

翻訳・解説を手がけた平山雄一さんは、「ヒラヤマ探偵文庫」でクイーンの定員No. 5『パスカル夫人の秘密』なども訳されています。


秘密
定員No. 5:デュパンが探偵小説のアダムなら、イヴは誰?;『パスカル夫人の秘密』

以前の記事で、エドガー・アラン・ポーが1841年に世界で最初の探偵小説「モルグ街の殺人」を書き、小説に登場する探偵すべてのアダム(つまり、小説上の最初の男性探偵)というべきC・オーギュスト・デュパンを ...

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『思考機械【完全版】』第2巻にはホームズ・パスティーシュを特別収録

特別付録として、フットレルが書いたシャーロック・ホームズのパスティーシュ'The Great Suit Case Mystery'「巨大なスーツケースの謎」も収録されています。
これは、フットレルが思考機械シリーズを発表する1カ月足らず前に発表した作品で、実際にボストンで発生した事件の謎を、ホームズ・パスティーシュという形でフットレルが推理したものです。
巻末の訳者解説に、モデルとなった事件についての詳細が記されているので、それを読んでから改めてフットレルの作品を読んでみると良いでしょう。

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電子書籍情報

「十三号独房の問題」のコミカライズ:『完全脱獄』

作品社の『思考機械【完全版】』は、全2巻ということもあって少々お値段は高め。
思考機械入門者にとっては少しハードルが高いかもしれません。
まずは、『世界推理短編傑作集1』(創元推理文庫)に収められている代表作「十三号独房の問題」を読んでみるとして、その次は?

その前に。
『思考機械【完全版】』でも解説されていますが、「十三号独房の問題」は桑田次郎さんにより『完全脱獄』というタイトルで漫画化されており、現在、電子書籍でも読めます。

 
 


創元推理文庫版は第1巻の電子書籍がebookjapanで販売中

30編を収録した創元推理文庫の『思考機械の事件簿』シリーズがありますが、現在すべて品切れ中のため中古本で探す必要があります。
ただし、『思考機械の事件簿Ⅰ』については、ebookjapan(Yahoo!ショッピング)にて電子書籍が販売中のようです。

 

なお、このシリーズは『事件簿Ⅱ』(池央耿 訳)、『事件簿Ⅲ』(吉田利子 訳)もあります。こちらは、まだ電子書籍化されていないようです。
思考機械シリーズ唯一の長編「金の皿盗難事件」『思考機械の事件簿Ⅲ』に収められており、この創元推理文庫版は英版を底本にしており、サイラス・キューネイオウの挿絵も掲載されています。
一方、作品社の『思考機械【完全版】』第1巻に収録されている「黄金の皿を追って」は、米初版本を底本にしながら米雑誌初出および英版との異同を比較しており、雑誌初出時の挿絵(一部は米初版本に再録された挿絵)が掲載されているので、挿絵を比較するのも一興でしょう。

Webサイトで無料で作品を読んでみよう

参考サイト(名探偵たちの事件簿)にもあるように、思考機械の短編の中には同人誌や電子媒体で邦訳が読める作品もありました。
翻訳道楽さんが取り扱っていた短編(私は、他の作家の作品を翻訳道楽さんで入手したことがあります)もありましたし、DL MARKETのMARIBUさんが電子媒体で販売していたもの(これは私も購入しました)もありましたが、現在、これらは入手できません。

ただ、思考機械のいくつかの短編はWebサイト上で無料で読めます
最近ではヘレン・マクロイ、ジョン・ロード、J・J・コニントン、アガサ・クリスティ、そしてR・オースティン・フリーマンらの作品の翻訳も手がけた、渕上痩平さんのブログ「海外クラシック・ミステリ探訪記」です。
カテゴリ「フットレル≪思考機械≫シリーズ」にて、

  • 「正体不明の男」「『記憶を失った男』の奇妙な事件」
  • 「ラルストン銀行強盗事件」
  • 単行本未収録の、'Problem of the Ghost Woman' 「幽霊の女」「女の幽霊の謎」

を読めます。
実は、これについても作品社の『思考機械【完全版】』の訳者解説に、印刷媒体では本邦初訳だが、渕上痩平訳……が『海外クラシック・ミステリ探訪記』というブログに発表されていると記載されています。

ゆーじあむ
至れり尽くせりです!

さすがに、現在入手不可の同人誌や電子媒体などに関する記載はありませんが、そういう意味でも『思考機械【完全版】』【完全版】なので、これらの作品を読んでみて思考機械に興味を持たれたら、ぜひ手に取ってもらいたいです。

豪華客船タイタニック号の遭難事故に遭い命を落とした悲劇の作家

最後にジャック・フットレルと言えば、このことに触れないわけには参りません。
彼の創作活動の最盛期であった1912年、あの有名なタイタニック号の遭難事故にフットレル夫妻は遭遇します。
イギリスの出版社との交渉に出かけた帰り道に巻き込まれたジャック・フットレルは、妻のメイを救命ボートに乗せて、自らは沈みゆく船と運命をともにしたのです。。。
彼の船室には思考機械シリーズの原稿が数編あったといわれていますが、それらも作者と運命をともにして、海中に消えてしまったのは有名な話です。
メイ夫人は、夫ジャックの死後出版された非思考機械もの長編"My Lady's Garter"を、タイタニック号の英雄たちに捧げています。

終わりに

クイーンの定員No. 38『思考機械』は、平山雄一さんが翻訳・解説をされた全2巻の『思考機械【完全版】』(作品社)の第1巻で、全作品を読めるようになりました。
また、『世界推理短編傑作集1』で代表作「十三号独房の問題」が読める他、2020年現在、「海外クラシック・ミステリ探訪記」というブログにて2編が無料で読めます。

そして、平山さんの『隅の老人【完全版】』『思考機械【完全版】』が呼び水になったのでしょう。
「海外クラシック・ミステリ探訪記」の渕上痩平さんから、国書刊行会よりR・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集(仮)』が刊行予定であることが発表されました。
「シャーロック・ホームズのライヴァル(ライバル)たち」の代表選手であるばかりでなく、クイーンの定員に選ばれた短編集が2つもあるソーンダイク博士シリーズ。刊行が楽しみです。


この記事の参考文献・参考図書・参考サイト

新保博久, HMM BOOK REVIEW<今月の書評>復刊・新訳レビュー『思考機械【完全版】』(全2巻), 『ハヤカワミステリマガジン2019年11月号(第64巻第6号)』(早川書房)p.211

名探偵たちの事件簿(思考機械)名探偵たちの事件簿

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