今回の記事は、本格ミステリの生みの親であり、「探偵小説の父」、「推理小説の父」とも呼ばれるエドガー・アラン・ポーの短編集を取り上げます。 このカテゴリーで記事を書くのは初めてなので、最初にその目的を記します。 はじめに;このカテゴリーの目的 このカテゴリーは、作家エラリー・クイーン(ことにフレデリック・ダネイ*)が欧米探偵小説史上最も重 ... 続きを見る
(なお、「探偵小説の母」については、こちらの記事をご参照ください。)
「クイーンの定員」の記念すべき最初の短編集です。
このカテゴリーの目的については、こちらの記事をご参照ください。
定員No. 90:新訳で親しみやすくなった『エラリー・クイーンの冒険』
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 1
Tales
エドガー・アラン・ポー(米1845年)ーHQR
12編収録、全編邦訳されているが、この本自体の邦訳本はなし。
活躍する探偵:C・オーギュスト・デュパン(3編)
- The Gold-Bug「黄金虫」
- The Black Cat「黒猫」
- Mesmeric Revelation 「催眠術の啓示」
- Lionizing 「名士の群れ」
- The Fall of the House of Usher 「アッシャー家の崩壊」
- A Descent into the Maelström 「メエルシュトレエムに呑まれて」(「大渦巻への落下」)
- The Colloquy of Monos and Una 「モノスとユナの対話」
- The Conversation of Eiros and Charmion 「イーロスとチャアミオンとの対話」
- The Murders in the Rue Morgue 「モルグ街の殺人」
- The Mystery of Marie Roget 「マリー・ロジェの謎」
- The Purloined Letter 「盗まれた手紙」
- The Man of the Crowd 「群衆の人」
入手容易な邦訳
『ポー名作集』丸谷才一 訳(中公文庫)が、1冊で6編読めて便利。
【電子書籍】中公文庫の他、光文社古典新訳文庫、新潮文庫、ちくま文庫、岩波文庫、グーテンベルク21、青空文庫、角川文庫などで、それぞれ数編読める。(後述)
収録作のうちミステリ的な作品は4編
この記事のタイトルには『物語』と記しましたが、エドガー・アラン・ポーの短編集"Tales"は『物語』や『物語集』などと訳されたりするものの、この本自体の完訳本はありません。
したがって、収録短編を全部読もうとすると、いくつかの本に当たる必要がありますが、中には絶版になっていてなかなか読めない本もあります。
とはいえ、収録短編の中から「ミステリ」と言われているものをピックアップすると、以下の4作です。
ミステリ
「黄金虫」、「モルグ街の殺人」、「マリー・ロジェの謎」、「盗まれた手紙」
このうち、「黄金虫」を除いた3編に「文学上最初の真正な探偵」*であり、「小説に登場する探偵すべてのアダムというべき」* C・オーギュスト・デュパンが活躍します。
1841年に発表された「世界で最初の探偵小説」*——この作品が登場しなかったらその後のミステリの隆盛はもっと遅れていたかもしれません——「モルグ街の殺人」は、内側から鍵のかかった部屋で起こった事件の意外な犯人が明らかになります。
「マリー・ロジェの謎」は、実際に起こった事件を小説風に再構成した作品。
そして、「盗まれた手紙」はもっとも読みやすくて完成度も高く、光文社文庫の「クイーンの定員」アンソロジーにはもちろん(深町眞理子 訳)、最近リニューアルされた創元推理文庫『世界推理短編傑作集1』(江戸川乱歩 編)にも収録されました。(丸谷才一 訳;旧版の『世界短編傑作集』では、創元推理文庫内での重複を避けて、ポーの作品は収録されていなかったのです。)
(*『クイーン談話室』エラリー・クイーン(国書刊行会)より抜粋。)
なお、探偵小説のイヴについては、こちらの記事もご参照ください。
『ポー名作集』(中公文庫)には"Tales"の主要作品6編が収録されている
暗号物の先駆けである「黄金虫」と合わせて、これら4編のミステリ的作品が読め、さらに"Tales"には収録されていませんが、広義な意味でミステリとして扱われることの多い'"Thou Art the Man"'「『お前が犯人だ』」も収められている文庫が、中公文庫の『ポー名作集』(丸谷才一 訳)。
上述4短編に「『お前が犯人だ』」を含めた5作品が、エドガー・アラン・ポーの記した「ミステリ」と言われています。
この文庫には、さらに"Tales"にも収められており、ゴシック・ホラー短編として名高い「黒猫」と「アシャー館の崩壊」も収録されています。
さらに、「スフィンクス」というショートショートのような作品も収められていますが、これがまた「あっ!」と驚かされる佳作で、この短編集はお得な一冊です。
紙版も比較的容易に入手できますが、電子版があるのも魅力的。(私は電子版で読みました。)
なお、創元推理文庫『世界推理短編傑作集1』の戸川安宣さんの解説に、「盗まれた手紙」の中でデュパンが警視総監に対して5万フラン(現在の価値にしておよそ5000万円!)を要求するシーンについて、
いくらなんでもこれは、と訳者の丸谷才一氏は考えたのだろうか、従来の訳文では〇を一つ取って五千フランにされているが、本書では原文通り五万フランにさせていただいた。
とありましたが、中公文庫では「五万フラン」でした。
私の読んだ電子書籍は中公文庫『ポー名作集』1993年2月25日19版を底本としているようですが、そのときまでに直されたのでしょうか?
その他の邦訳本と電子書籍情報
"Tales"に収録されたポーの短編を含む邦訳本はたくさんありますが、ここでは現在入手しやすい書籍であり、また電子書籍になっているものを中心にご紹介します。
また、「『お前が犯人だ』」についても併記します。
創元推理文庫
まず、これは電子書籍になっていませんが、創元推理文庫の『ポオ小説全集 1〜4』ならば4冊で、"Tales"収録作のうち10編を読むことができます。
創元推理文庫
『ポオ小説全集1』
「名士の群れ」(野崎孝 訳)、「アッシャー家の崩壊」(河野一郎 訳)
『ポオ小説全集2』
「群衆の人」(中野好夫 訳)
『ポオ小説全集3』
「モルグ街の殺人」(丸谷才一 訳)、「メエルシュトレエムに呑まれて」(小川和夫 訳)、「マリー・ロジェの謎」(丸谷才一 訳)、「催眠術の啓示」(小泉一郎 訳)
『ポオ小説全集4』
「黄金虫」(丸谷才一 訳)、「黒猫」(河野一郎 訳)、「『お前が犯人だ』」(丸谷才一 訳)、「盗まれた手紙」(丸谷才一 訳)
光文社古典新訳文庫、新潮文庫、ちくま文庫
次に、光文社古典新訳文庫は小川高義さんの新訳で刊行中で、電子書籍にもなっています。
2冊で、"Tales"収録作のうち7編を読むことができます。
光文社古典新訳文庫
『黒猫/モルグ街の殺人』(2006年;小川高義 訳)
「黒猫」、「モルグ街の殺人」
『アッシャー家の崩壊/黄金虫』(2016年;小川高義 訳)
「アッシャー家の崩壊」、「大渦巻への下降」、「群衆の人」、「盗まれた手紙」、「黄金虫(こがねむし)」
新潮文庫は巽孝之さんの新訳で刊行中で、電子書籍にもなっています。
3冊で、"Tales"収録作のうち7編を読むことができます。
ミステリ編に「群衆の人」が収められているのが興味深いです。
新潮文庫
『黒猫・アッシャー家の崩壊—ポー短編集Ⅰ ゴシック編—』(2009年;巽孝之 訳)
「黒猫」、「アッシャー家の崩壊」
『モルグ街の殺人・黄金虫—ポー短編集Ⅱ ミステリ編—』(2009年;巽孝之 訳)
「モルグ街の殺人」、「盗まれた手紙」、「群衆の人」、「おまえが犯人だ」、「黄金虫」
『大渦巻への落下・灯台—ポー短編集Ⅲ SF & ファンタジー編—』(2015年;巽孝之 訳)
「大渦巻への落下」
ちくま文庫の『エドガー・アラン・ポー短篇集』も電子書籍になっています。
1冊で、"Tales"収録作のうち3編を読むことができます。
ちくま文庫
『エドガー・アラン・ポー短篇集』(2007年;西崎憲 編訳)
「黄金虫」、「メールシュトレームの大渦」、「アッシャー家の崩壊」
集英社文庫、岩波文庫、グーテンベルク21
集英社文庫は2種類の短編集があります。2019年現在どちらも入手可能ですが、いずれも電子書籍はありません。
集英社文庫
『E・A・ポー ポケットマスターピース09』(2016年;鴻巣友季子、桜庭一樹 編;集英社文庫ヘリテージシリーズ)
「モルグ街の殺人」(丸谷才一 訳)、「マリー・ロジェの謎」(丸谷才一 訳)、「盗まれた手紙」(丸谷才一 訳)、「黄金虫」(丸谷才一 訳)、「お前が犯人だ!」(桜庭一樹 翻案)、「アッシャー家の崩壊」(鴻巣友季子 訳)
『黒猫』(1992年;富士川義之 訳)
「アッシャー館の崩壊」、「群集の人」、「メエルシュトレエムの底へ」、「黒猫」、「盗まれた手紙」
岩波文庫は、中野好夫さんの翻訳は電子書籍になっています。
一方、八木敏雄さんの翻訳は2019年現在品切れで、電子書籍にもなっていません。
岩波文庫
『黒猫・モルグ街の殺人事件 他五篇』(1978年;中野好夫 訳)
「黒猫」、「モルグ街の殺人事件」、「マリ・ロジェエの迷宮事件 『モルグ街の殺人事件』続篇」、「盗まれた手紙」
『黄金虫・アッシャー家の崩壊 他九篇』(2006年;八木敏雄 訳)
「アッシャー家の崩壊」、「群集の人」、「黄金虫」
電子書籍のグーテンベルク21はポーの短編集を3冊出していますが、"Tales"の収録作が含まれるのは2冊です。
グーテンベルク21
『ポー/ミステリ傑作集 モルグ街殺人事件』(安引宏 訳)
「モルグ街殺人事件」、「マリー・ロジェー事件の謎」、「盗まれた手紙」
『ポー/ホラー・ミステリ傑作集 黒猫・黄金虫』(安引宏・佐々木直次郎 訳)
「黒猫」、「黄金虫」、「メールストロムの渦(うず)」、「群集の人」
青空文庫
最後に、青空文庫で読む方法があります。
青空文庫の閲覧は無料です。
ただ、閲覧ソフトウェアを青空文庫として提供したりはしていないので、閲覧ビューアーなどは有料であることが多いです。
ただ、Amazon KindleやApple Booksなどを使えば無料で読めます。
以下に、Kindleの場合をご紹介しました。
完訳ではありませんが、あの森鴎外の翻訳による「モルグ街の殺人」もあります。
青空文庫
「黒猫」、「黄金虫」、「盗まれた手紙」、「アッシャー家の崩壊」、「マリー・ロジェエの怪事件」、「メールストロムの旋渦」、「モルグ街の殺人事件」(以上、佐々木直次郎 訳)
「病院横町の殺人犯」(森林太郎 訳)
角川文庫(2022年追記)
2022年2月、3月に、角川文庫からもポー傑作選が刊行されました。
電子書籍でも読めます。
翻訳は英米文学研究の第一人者、河合祥一郎さん。
ポーの死の謎に迫る解説も楽しみです。
角川文庫
『ポー傑作選1 ゴシックホラー編 — 黒猫』(2022年;河合祥一郎 訳)
「黒猫」、「メエルシュトレエムに呑まれて」、「アッシャー家の崩壊」
『ポー傑作選2 怪奇ミステリー編 — モルグ街の殺人』(2022年;河合祥一郎 訳)
「モルグ街の殺人」、「おまえが犯人だ」、「黄金虫」、「盗まれた手紙」
NHK「100分de名著」2022年3月はエドガー・アラン・ポー スペシャル
NHK Eテレで月曜午後10時25分〜、他で放送されている「100分de名著」。
伊集院光さん、NHKアナウンサーの安部みちこさんが司会を務められていますが、2022年3月の名著はエドガー・アラン・ポー スペシャル。
新潮文庫のポー短編集を翻訳された巽孝之さんを指南役に、ポー唯一の長編である『アーサー・ゴードン・ピムの冒険』(『E・A・ポー ポケットマスターピース09』(集英社文庫)に収録)、「アッシャー家の崩壊」、「黒猫」、「モルグ街の殺人」の4作品に現代の視点から光を当て直し、ポーの文学をわかりやすく解説されています。
朗読は俳優の北村一輝さん。
番組テキストも刊行されており、電子書籍でも読めます。
読むのが困難な"Tales"収録作品
こうして各文庫の収録作を比較してみると、"Tales"収録作の中でもなかなか邦訳されない作品があるのに気づきます。
例えば、「催眠術の啓示」や「名士の群れ」ですが、これらは創元推理文庫の全集で読むことができます。
では、「モノスとユナの対話」と「イーロスとチャアミオンとの対話」については…?
1998年の春秋社の創業80周年の際に、『ポオ小説全集』(全4巻;谷崎精二 訳)が記念復刊されました。第1巻:推理小説、第2巻:幻怪小説、第3巻:冒険小説、第4巻:耽美小説です。
この4巻で"Tales"収録作品すべてを読むことができ、「花形」(「名士の群れ」)は第2巻、後の3編は第4巻に収められていますが、残念ながら現在は絶版です。
ちなみに、私は第1巻:推理小説しか持っていません。。。
また、これも絶版ではありますが、『ポオのSF2』(講談社文庫)に、「エイロスとチャーミオンの対話」と「モノスとユーナの対話」、「催眠術の啓示」が収録されているようです。
なお、春秋社の『ポオ小説全集』第1巻には上述5編の「ミステリ」の他に、「黒猫」他、以下の計14編が収録されています。
谷崎精二さん曰く、
「推理小説編」としたが、枚数のつごうでそれ以外の物も含めてある。
とのこと。ただ、ミステリーのテイストは味わえると思います。
参考
『ポオ小説全集 1. 推理小説』(春秋社)
「黄金虫」、「モルグ街の殺人」、「盗難書類」、「マリイ・ロオジェの秘密」、「『お前が犯人だ』」、「黒猫」、「早すぎた埋葬」、「告げ口心臓」、「アモンティラアドの樽」、「穽と振子」、「細長い箱」、「タア博士とフェザア教授の治療法」、「純正科学の一として考察したる詐欺」、「実業家」
終わりに;参考文献
クイーンの定員No. 1 "Tales"(『物語』)の収録作品すべてを翻訳で読むことは、2019年現在ではなかなか難しいですが、代表作7〜8編は容易に読むことができ、最近でも新訳で出版されたり、集英社文庫ヘリテージシリーズの「ポケットマスターピース」のような企画本でもポーが扱われていたりすることが分かりました。
私は春秋社の全集1と中公文庫でポーを読んでいましたが、調べていくうちにその新訳に興味を感じた作品もあったり、未読の作品もあったりするため、今度あらためて読んでみたいと思います。
この記事の参考文献・参考図書・参考サイト
ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List):エドガー・アラン・ポオ(Edgar Alan Poe)