シャーロック・ホームズ

ミステリマニア必携の書:『〈ホームズ〉から〈シャーロック〉へ』

2020年8月10日

イギリスのロンドン・ウェストミンスター

ArtTowerによるPixabayからの画像

2020年の始めに、ミステリマニアの心をくすぐる書籍が出版されました。
副題に「偶像を作り出した人々の物語」とある本書をご紹介します。

:第43回 日本シャーロック・ホームズ大賞受賞!
こちら↓の作品とのW受賞です。


辞典
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「シャーロック・ホームズ」というキャラクターの創造と発展と受容

どういう人にお薦めの本か?


本書はなかなか分厚く、お値段も少々するので、どういう人にお薦めの本なのか興味のある方も多いでしょう。
以下の3点のいずれかに興味がある方はお薦めですよ。

  • コナン・ドイルの伝記に興味がある。
  • 「シャーロック・ホームズを愛する人々」VS.「ドイルの遺族たち」の争いに興味がある。
  • 「シャーロッキアン」と呼ばれるホームズ・ファンがどのようにして生まれ育ったのか、そして、彼らがどんな「シャーロック・ホームズ」を育てていったのか興味がある。

コナン・ドイルの伝記

ドイルの伝記本といえば、これまでにもいくつか邦訳されたものもあるし、自伝もあります。
ただ、私のように、

ゆーじあむ
ゆーじあむ
シャーロック・ホームズ、大好き!…えっ、ドイルはそれほど…。

という方もいらっしゃるのではないでしょうか。
それでも、

シャーロック・ホームズが好きなら、その作者についても「ある程度」は知っておきたい!

という気持ちはあります。
本書は全八部111章(!)から構成されていますが、そのうち第三部第38章までは主にコナン・ドイルの生涯についてページが割かれています。
「物語」なので読み物として面白く、いわゆる索引はないのですが、その代わりに巻末の「出典」が充実しており、最新の知見に基づいた内容であることが分かります。

「シャーロック・ホームズを愛する人々」VS.「ドイルの遺族たち」;あの最新作も犠牲に?!

とは言え、ドイルの伝記はこの「物語」の三分の一、序章に過ぎません。
本書のユニークなところは、ドイル亡き後、彼の遺族たちが「シャーロック・ホームズ」という金のなる木の権利を自分たちで独占しようとする姿が赤裸々に描かれている点です。

有名な一例を挙げましょう。
第四部第54章にて、『シャーロック・ホームズの災難』という題名の、複数の作家によるパロディとパスティーシュの短編集が、ドイルの息子デニス・コナン・ドイル(次男)、エイドリアン・コナン・ドイル(三男)による法的措置(脅し)によって絶版に追い込まれ、稀覯本となってしまった顚末が記されています。
この短編集はエラリー・クイーンが編者で、「ベイカー・ストリート・イレギュラーズ(BSI)」と呼ばれる世界最古のアメリカのシャーロキアン団体のメンバーも愛した短編集でしたが、これによりドイルの息子たちとアメリカのシャーロキアンたちの友人関係は壊れてしまいます。

この『シャーロック・ホームズの災難』。日本ではハヤカワ文庫から上下巻で出版されていますが、、、ずっと品切れ状態です。

ドイルの遺族たちが自分たちの権利を主張するのは、理解できる部分もないわけではありませんが、シャーロック・ホームズをネタにして稼ぐことができるのは自分たちだけ、というその尊大な態度と行動は、現在でも続いています。
例えば、最近でも2020年9月よりNetflixで全世界配信された映画『エノーラ・ホームズの事件簿』について、コナン・ドイル財団(ドイルの親族が設立した会社)が著作権侵害で訴えた、というニュースが流れてきました。


これは、コナン・ドイル財団がシャーロック・ホームズ作品のうち最後の10編の著作権をアメリカで持っているために起こされた訴訟で、似たような訴えは過去にも(イアン・マッケラン主演映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』に対して)起こしています。
ホームズの著作権については、当サイトのこちらの記事でも紹介した『新シャーロック・ホームズ注釈版全集』(未訳)を上梓したレスリー・S・クリンガーが、コナン・ドイル財団を相手に訴訟を起こしており、2014年に判断が下されていますが、それらの詳細については本書の第八部第109章に記されています。

シャーロック・ホームズを愛する人々が育て上げた「シャーロック・ホームズ」

前述のように、本書にはコナン・ドイルの伝記についても記されていますが、本書はこれまでのドイルの伝記や、シャーロック・ホームズの映画や演劇の研究書、パロディの研究書などとは一線を画しているところがあります。
それは本書が、

「シャーロック・ホームズ」というキャラクターの創造と発展と受容を本格的に総合し俯瞰した、世界で初めての研究書

「監訳者あとがき」(平山雄一)より

であること。

本書の第五部第74章に、1968年にロンドン・シャーロック・ホームズ協会がスイスに飛び、1週間にわたって「聖地巡礼」をおこなったことが記されていますが、出典にその様子(8分15秒の動画あり)が見られるリンクの記載があったので、以下に挙げておきます。

1934年にアメリカでベイカー・ストリート・イレギュラーズが創設されましたが、ほどなくして、イギリスでも有志が集まってロンドン・シャーロック・ホームズ協会が立ち上がりました。(第四部第45章より)
BSIの歴史については、これまでほとんど情報がなかったようですが、本書のおかげで、英米のシャーロキアンたちがどのようにして「シャーロック・ホームズ」を受容し育てていったのか、分かるようになった、とのこと。
もちろん、その変容の様子についても詳しく記されており、皆さんが興味を持っている「シャーロック・ホームズ」の舞台裏が読めること間違いなしです。

本書では、第1章のプロローグで、英国BBC放送『SHERLOCK/シャーロック』の企画が2006年にロンドン・シャーロック・ホームズ協会の年次総会にて披露される様子から始まります。
そして、第一部第2章では、1878年のジョゼフ・ベル博士の講義の様子『緋色の研究』創作時のヒントとなった;第一部第6章。)とそれを聴講するコナン・ドイルが描かれており、以降、第八部の2016年までに起こったさまざまな出来事が記されています。
その中には、映画の研究書ではあまり描かれることのない、クランクインに至るまでの関係者の駆け引きや苦悩、さらに作られずに終わってしまった顚末までが語られることも。
第八部最終章(第111章)では、2015年1月に、それまで失われてしまったと思われていたウィリアム・ジレット(1899年よりアメリカで上演されたシャーロック・ホームズ劇でホームズを演じたことが、本書第三部で詳しく書かれています。)の1916年のサイレント映画が発見されて、修復されたそれがパリのシネマテーク・フランセーズで上映されたことが記され、幕を閉じます。
……いえ、本書は、

オーケストラの演奏が始まった。幕が上がる。さあ、冒険の始まりだ。

という言葉で締めくくられます。シャーロキアンの冒険はまだまだこれから始まるのです!

終わりに

私の拙い文章では、本書が堅苦しい作品のように見られないかと危惧していますが、本書は「物語」であり、いずれの登場人物も生き生きとしており、読みやすい文章でどんどん読書が進みます。
シャーロック・ホームズ及びそれに関連する創作物に興味のある方は、ぜひ読んでみてください。

なお、監訳者の平山雄一さんは著名なシャーロッキアンですが、最近では『隅の老人【完全版】』『思考機械【完全版】』などの翻訳出版、ヒラヤマ探偵文庫の創刊でもご活躍されており、当サイトでもいくつかご紹介しています。


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