ホームズ物語といえば、犯罪捜査に科学を取り入れているところも読みどころの一つです。
現在では当たり前の科学捜査ですが、19世紀当時、シャーロック・ホームズは(あるいは、コナン・ドイルは)どのように科学を捜査に取り入れたのか?
日本でも2021年になって、興味深い本が化学系雑誌・書籍で知られる出版社から刊行されたので、それをご紹介します。
科学捜査のパイオニアであるホームズを徹底解剖
米国ミステリー界で最も権威のあるエドガー賞を2013年に受賞
本書(原題:The Scientific Sherlock Holmes: Cracking the Case with Science and Forensics)は2013年のアメリカ探偵作家クラブ賞(MWA賞)を、最優秀評論・伝記部門で受賞しています。
著者はジェイムズ・オブライエン(James F. O'Brien)さん。
米国ミネソタ大学で化学の博士号を取得した、ミズーリ州立大学特別名誉教授であり、1992年にアメリカ化学会において、
シャーロック・ホームズはどんな化学者だったのか
と題する発表を行って以来、ホームズと科学に関する講演を120回以上も行ってきたシャーロッキアンでもあります。
翻訳者は日暮雅通さん。
当サイトでもその著書や訳書が紹介されていますが、筋金入りのシャーロッキアンです。
そんな本書の特長は、(訳者あとがきにも記されているように、)
ポイント
科学をキーワードにしてホームズ物語を読み解くという趣向のもの
であること。
法科学や科学捜査などの専門家がホームズ物語を分析した単行本は、さまざまにあるものの、
”科学”の専門家が、いわゆる"シャーロッキアン"的な立場と視点で書いた単行本
は、これまでほとんどありませんでした。
それゆえに、本書はミステリー小説界でも注目を集め、エドガー賞を受賞したのです。
日本での出版社は東京化学同人
翻訳者の日暮さんは、その翌年の2014年にオブライエンさんと話す機会があったそうで、オブライエンさんはその場で本書の日本での翻訳出版を快諾されたそうです。
ところが。
MWA受賞作は小説であれば日本の出版界の注目を浴びるものの、評論・伝記部門の、しかもサイエンス関連になると、なかなか一般書出版社の理解を得られない。
『科学探偵 シャーロック・ホームズ』訳者あとがき より
…ということで月日も流れ、日暮さんもほぼあきらめていたそうですが、そこに救いの手を差し伸べたのが、東京化学同人の編集さんだったそうです。
東京化学同人といえば、主に理・工・農・薬・医・家政学系などの書籍や雑誌を出版・販売される出版社で、それらは特に(その名の通り)化学が中心。
私も(最近は少しごぶさたでしたが)いろいろお世話になっています。
雑誌「現代化学」も面白いですしね。(創刊50周年だそうです。)
本書の表紙や、付属の栞に記されている文字のフォントが、
と思ったりもしています。
本書は担当編集さんにより、TwitterでPRもされています。
科学捜査のパイオニアとしてのホームズ
幅広い科学知識をもち,化学者でもあったホームズを
シャーロッキアンな化学教授が読み解きますhttps://t.co/bi8Kt5ehea人物・作品紹介もあるので,ホームズを読んだのは小学生のときだけど…という方も,ガチで好きという方も,どなたも楽しめます.目次は↓ pic.twitter.com/V9WmTGeaFI
— 「科学探偵シャーロック・ホームズ」発売中! (@tkd_yomimono) February 2, 2021
科学に興味があるならオススメの本書
それでは、本書はどういう人にお薦めなのでしょうか?
上に引用した、本書の担当編集さんのツイートでも少し触れられていますが、
という方も大勢いらっしゃるでしょう。
そんな方でも、本書は、
- 第1章 ホームズはどのようにして創られたか
で、作者であるコナン・ドイルが科学思考の探偵を生み出した背景が記されており、そして、
- 第2章 おもな登場人物たち
でホームズ物語の主要な登場人物を説明しているので、ホームズ物語のことを知らなくても、本書は興味深く読める構成になっています。
- 第3章 科学捜査のパイオニアとしてのシャーロック・ホームズ
において、いよいよホームズが事件の解決にあたってどのように科学を応用したか、指紋や足跡、筆跡、タイプライターの選別、暗号学、犬の嗅覚などに焦点を当てて、現実の警察やFBIに先駆けて、ホームズが犯罪捜査に科学を取り入れていることが記されます。
そして、
- 第4章 化学とホームズ
では、シャーロック・ホームズも著者のオブライエンさんも知識が深い「化学」について記されます。
- 第5章 その他の科学とホームズ
は最終章ですが、数学、生物学、物理学など、その他の分野におけるホームズの知識を確認しています。
本書は読み物として面白いので、
と思われる方でも、特に難しさを感じることもなく、興味を持って読めることでしょう。
本書はこんな方におすすめ
- 科学に興味がある方。
- ホームズ物語はあまり読んだことがなかったけれど、関心はある方。
- 逆に、シャーロック・ホームズは三度の飯より大好きな方。
もっとも、ホームズ物語のネタバレについてもある程度は触れられているので、
という方は、先にホームズ物語を読むことをお薦めします。 今回の記事は、「クイーンの定員」に選ばれた短編集の中で最も有名な、と言っても過言ではない、アーサー・コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』を取り上げます。ご存じ、[ホームズ物語]の最初の短編 ... 続きを見る
ただ、ホームズ物語は科学だけではないので、まず本書を読んで興味を抱いたら、それからホームズ物語を読むのもありでしょう。
その際は、訳者の日暮さんが完訳されている光文社文庫で読んでみるのも、一つの選択肢です。
定員No. 16:どの翻訳で読まれますか? 『シャーロック・ホームズの冒険』
終わりに
これまでシャーロック・ホームズに関心のなかった人でも、逆にシャーロッキアンの人でも、科学に関心があったら興味深く読める『科学探偵 シャーロック・ホームズ』。
世界で初めて科学を犯罪捜査に取り入れたと言われるホームズの魅力に、迫ってみてはどうでしょう。