以前の記事で、小説上の最初の女性職業探偵についてご紹介しました。 以前の記事で、エドガー・アラン・ポーが1841年に世界で最初の探偵小説「モルグ街の殺人」を書き、小説に登場する探偵すべてのアダム(つまり、小説上の最初の男性探偵)というべきC・オーギュスト・デュパンを ... 続きを見る
定員No. 5:デュパンが探偵小説のアダムなら、イヴは誰?;『パスカル夫人の秘密』
以前のこの記事では、<Sherlock Holmes Magazine>の第3号(Winter 2020/21)に掲載された"Female Detectives of Victorian London"という記事についても少しだけ触れましたが、シャーロック・ホームズ物語が好評を博してからはフィクションの女性探偵も多く登場したとのこと。
そんな中で、エラリー・クイーンが「イギリス最高の女性職業探偵」と評した探偵、ドーカス・デーンの短編集が初めて翻訳されたので、この記事ではそれをご紹介します。
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 22
Dorcas Dene, Detective
『女探偵ドーカス・デーン』ジョージ・R・シムズ(英1897年)ーHR
11編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:ドーカス・デーン
- The Council of Four 「四人委員会」
- The Helsham Mystery 「ヘルシャム事件」
—— - The Man with the Wild Eyes 「無謀な男」
- The Secret of the Lake 「湖の秘密」
—— - The Diamond Lizard 「ダイヤモンドのトカゲ」
- The Prick of a Pin 「ピンの刺し跡」
—— - The Mysterious Millionaire 「謎の億万長者」
- The Empty House 「空き家」
- The Clothes in the Cupboard 「戸棚の洋服」
—— - The Haverstock Hill Murder 「ハーヴァーストック・ヒル殺人事件」
- The Brown Bear Lump 「茶色の熊のランプ」
入手容易な邦訳
『女探偵ドーカス・デーン』平山雄一 訳(ヒラヤマ探偵文庫)に、全編収録。
【電子書籍】なし。
初期の女性探偵の一人、ドーカス・デーン
先に触れた記事には、シャーロック・ホームズ物語が発表された後に登場した、(主に)ロンドンを拠点にしたフィクションの女性探偵について、以下のように記されていました。
They included Miriam Lea (1888), Loveday Brooke (1893), Rose Courtenay (1895), Dorcas Dene (1897), Lois Cayley (1899), Hagar Stanley (1899), Florence Cusack (1899-1900) and Bella Thorn (1903). And then in 1910 came Lady Molly of Scotland Yard, featuring Molly Robertson-Kirk.
Female Detectives of Victorian London. Sherlock Holmes Magazine Winter 2020/21, 28-32
ここに挙げられた探偵たちの中には、(お恥ずかしながら私がよく知らない探偵もいますが、)一部の探偵譚については日本語で読めるものもあります。
参考
『淑女探偵ラヴディ・ブルックの体験』C・L・パーキス
The Experience of Loveday Brooke, Lady Detective | A Celebration of Women Writers
収録作品の内、'The Black Bag Left on a Door-Step'については「戸口の黒鞄」というタイトルで、「ウェヌスのPDF図書館」⇒「PDF図書館へのリンク」⇒「西洋推理小説」フォルダ⇒「C・L・パーキス」フォルダ内に、「ミステリーの舞台裏」Mickeyさん訳で収められており、無料で読めます。
『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』ファーガス・ヒューム
『ミス・キューザックの推理』L・T・ミード&ロバート・ユースタス 以前、こちらの記事にてミステリ史上最初の女性探偵を紹介しました。 では、ミステリ史上最初の(職業的)女性犯罪者は誰になるでしょうか? それは、L・T・ミード女史が医学者であるロバート・ユースタスと合作 ... 続きを見る
これについては、以下の記事をご参照ください。
(「『ミス・キューザックの推理』の詳細データ」)
定員No. 27:秘密結社『七王国』の女性首魁マダム・コルチー(そして『マダム・サラ』へ)
『レディ・モリーの事件簿』バロネス・オルツィ 前回ご紹介したアンナ・キャサリン・グリーン。 それに少し遅れて、海を渡ったイギリスではハンガリー出身の女性が奇妙な老人を主人公にした連作を発表し、評判を呼んでいました。 それがバロネス・オルツィの隅の ... 続きを見る
これについては、以下の記事で少し触れています。
(「バロネス・オルツィの書いた他の作品」をご確認ください。)
定員No. 41:最も有名な「シャーロック・ホームズのライヴァル」のひとり;『隅の老人』
そして、エラリー・クイーンが初期の女性探偵ものの短編集として、"The Experience of Loveday Brooke, Lady Detective"とともに挙げていたのが、今回ご紹介する"Dorcas Dene, Detective"、『女探偵ドーカス・デーン(ドルカス・ディーン)』です。
(<Sherlock Holmes Magazine>の記事には、最初期の女性探偵、すなわち密偵G(ミス・グラッデン)やパスカル夫人の扉絵、そして、ラヴディ・ブルックの挿絵とともに、ドーカス・デーンの挿絵が掲載されていました。)
主人公のドーカス・デーン(旧姓レスター)は変装を得意とする舞台俳優でしたが、画家のポール・デーンと結婚して引退します。
ところが、夫が病気で失明したため、彼女は働きに出ることを迫られ、隣に住んでいた老私立探偵の助言で探偵となったのでした。
女優時代の劇作家であったサクソン氏が語り部のワトソン役で、ドーカス、夫のポール、母親(レスター夫人)、そして愛犬(ブルドッグ)のトッドルキンスの<四人委員会>で事件を推理する……、ということが、最初の短編「四人委員会」に記されています。
11編の短編集だが、事件は5つ
この短編集には11編の短編が収められていますが、一つの事件は複数の短編から成っており、全部で5つの事件が起こります。
例えば、最初の短編「四人委員会」が前編で、次の「ヘルシャム事件」が後編です。
「謎の億万長者」、「空き家」、「戸棚の洋服」は前・中・後編の構成です。
上記の「作品の詳細データ」では区切り線を入れました。
この短編集は個人出版である「ヒラヤマ探偵文庫」(後述)より、初めて邦訳が刊行されました。
その訳者解説にもあるように、捜査の過程はドーカスが後になって一人称で語ることが多いので、われわれ読者が推理する要素はあまりなく、そういう要素を求められている方にとってはイマイチのように思われるかもしれません。
しかしながら、読み物として捉えれば、起こる事件は不可解で魅力的ですし、文章も読みやすく、ドーカスが捜査中にいろいろ変装するシーンも読みどころの一つです。
おいおい、ドーカス……どうして女優をやめたりしたのだ?
興味深かったのは、ホームズ物語では時々ホームズと警察(スコットランド・ヤード)が対立することもありますが、ドーカス・デーンはその探偵能力が警察でも一目置かれており、捜査においても常に協力的であること。
それぞれがお互いを尊重しあっている感じが好印象でした。
『女探偵ドーカス・デーン』はセカンド・シリーズも収録;続編の詳細データ
第2シリーズ
Dorcas Dene, Detective, Second Series
『女探偵ドーカス・デーン』ジョージ・R・シムズ(英1898年)
9編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:ドーカス・デーン
- The Missing Prince 「行方不明の王子」
- The Morganatic Wife 「貴賤結婚の妻」
- The House in Regent's Park 「リージェンツ・パークの家」
—— - The Co-Respondent 「不倫相手」
- The Handkerchief Sachet 「ハンカチの袋」
—— - A Bank Holiday Mystery「バンク・ホリデーの謎」
- A Piece of Brown Paper 「茶色の紙切れ」
—— - Presented to the Queen 「女王陛下の御前に」
- The One Who Knew 「名無しの権兵衛」
入手容易な邦訳
『女探偵ドーカス・デーン』平山雄一 訳(ヒラヤマ探偵文庫)に、全編収録。
【電子書籍】なし。
セカンド・シリーズは翌年の1898年に出版されました。
こちらは9つの短編が収録されていますが、ファースト・シリーズと同様に、全部で4つの事件が起こります。
ヒラヤマ探偵文庫の『女探偵ドーカス・デーン』では、これらの2冊が翻訳されています。
セカンド・シリーズにもなると、冒頭のサクソンさんの記述もバラエティに富むようになり、例えば第2の事件の冒頭(「不倫相手」)では、サクソンさんが1週間の休みを使って、ブライトンのオールド・シップ旅館に滞在しているところから始まります。
また、第3の事件の冒頭(「バンク・ホリデーの謎」)では、サクソンさんが休暇でスイスのルツェルンを旅行し、のんびり過ごしたことが記されています。(この場合は、旅行からロンドンに戻ってきてから、事件が始まるのですが。)
<四人委員会>については、盲目の夫ポールこそ時折存在感を発揮しますが、実母のレスター夫人は影が薄く、愛犬トッドルキンスの魅力も、十分に伝わっているとは言えません。
訳者解説にもあるように、「魅力的な舞台設定が十分に生かされているとはいえない」のですが、ストーリーは相変わらず読みやすく、ドーカス・デーンの活躍を堪能できます。
ドーカスはプロの探偵ではありますが、時には無料で捜査を引き受けることも。
しかし、ドーカスはファースト・シリーズのある作品でこう言っています。
これが私の仕事の 報酬 よ。なによりも一番の報酬ね
「これ」が何を指すかは、実際に読んでみてご確認ください。
「ヒラヤマ探偵文庫」を購入するには(2021年版)
ヒラヤマ探偵文庫とは、以前にもご紹介したように商業出版ではなく、訳者の平山雄一さんによる個人出版です。
『女探偵ドーカス・デーン』は、2021年5月に紙書籍で出版され、第三十二回文学フリマ東京にて直販されました。
また、2021年6月現在、以下の古書店にてネット通販もされているようです。
- 書肆盛林堂(東京)
- ジグソーハウス(大阪)
- CAVA BOOKS(京都)
完売していた下記商品、本日追加分が入荷しました。オンラインショップで販売中!
『女探偵ドーカス・デーン』ヒラヤマ探偵文庫12 | CAVA BOOKS https://t.co/Acp9bq6XoF #BASEec @cavabooksより
— CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス) (@cavabooks) May 18, 2021
店頭販売されている古書店もあるようですが、ここでは割愛いたします。
ココに注意
以前も記しましたが、興味を抱いたら早めに購入されることをお勧めします。
ヒラヤマ探偵文庫の近刊には、クイーンの定員に選ばれた短編集がいくつか予告されていたので、そちらも楽しみです。
終わりに
クイーンの定員No. 22は、「イギリス最高の女性職業探偵」であるドーカス・デーンの活躍をまとめた"Dorcas Dene, Detective"です。
日本では、その第2シリーズも合わせて『女探偵ドーカス・デーン』というタイトルで、2021年にヒラヤマ探偵文庫より初めて翻訳出版されました。
読み物として面白く、主人公ドーカスも生き生きとしている本短編集をご堪能ください。
この記事の参考文献・参考図書・参考サイト