クイーンの定員

定員No. 47:ユーモアとウィット、逆説と奇想にあふれた『ブラウン神父の童心』

2019年8月21日

こうもり傘

Manfred Antranias ZimmerによるPixabayからの画像

エラリー・クイーンは、「これまでに創造された探偵三巨人」として、ポーのデュパン、ドイルのシャーロック・ホームズ、そして、今回ご紹介するチェスタトンのブラウン神父を挙げています。
記念すべきブラウン神父譚の第一短編集は、「クイーンの定員」にも選ばれている名作です。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 47

The Innocence of Father Brown
『ブラウン神父の童心』ギルバート・キース・チェスタトン(英1911年)ーHQS

12編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:ブラウン神父

  • The Blue Cross 「青い十字架」
  • The Secret Garden 「秘密の庭」(「秘密の庭園」)
  • The Queer Feet 「奇妙な足音」
  • The Flying Stars 「飛ぶ星」
  • The Invisible Man 「見えない男」(「透明人間」)
  • The Honour of Israel Gow 「イズレイル・ガウの誉れ」(「イズレイル・ガウの信義」)
  • The Wrong Shape 「狂った形」(「間違った形」、「まちがった形」)
  • The Sins of Prince Saradine 「サラディン公の罪」(「サラディン公爵の罪」)
  • The Hammer of God 「神の鉄槌」
  • The Eye of Apollo 「アポロの眼」(「アポロンの目」)
  • The Sign of the Broken Sword「折れた剣」(「折れた剣の招牌」、「折れた剣の看板」)
  • The Three Tools of Death「三つの兇器」(「三つの凶器」)

入手容易な邦訳

『ブラウン神父の童心』中村保男 訳(創元推理文庫)に、全編収録。
『ブラウン神父の無心』南條竹則、坂本あおい 訳(ちくま文庫)に、全編収録。
『ブラウン神父の無垢なる事件簿』田口俊樹 訳(ハヤカワ文庫)に、全編収録。


【電子書籍】全編、『ブラウン神父の童心』中村保男 訳(創元推理文庫)、『ブラウン神父の無垢なる事件簿』田口俊樹 訳(ハヤカワ文庫)、『ブラウン神父の純智 1〜2』橋本福夫 訳(グーテンベルク21)で読める。


ブラウン神父の「イノセンス」とは?

ブラウン神父譚の第一短編集の翻訳は、創元推理文庫の『ブラウン神父の童心』が息長く版を重ねてきました。
2010年代になって、ちくま文庫から新訳で『ブラウン神父の無心』が出版され、そして、2016年に早川書房創立70周年計画「ハヤカワ文庫 補完計画」の一環で、それまでハヤカワ・ミステリ(ポケミス)で品切れだった『ブラウン神父の無知』を新訳にして『ブラウン神父の無垢なる事件簿』が出版されました。
そして、創元推理文庫も(新訳ではありませんが)新版で『ブラウン神父の童心』が出版されたので、本短編集の翻訳は現在充実しています。
なお、デジタル書店のグーテンベルク21から刊行されている『ブラウン神父の純智』2巻は、過去に新潮文庫から出版されていたものが電子化されたものと思われます。

光文社文庫のクイーンの定員・アンソロジーには、「折れた剣の看板」(深町眞理子 訳)が収録されており、最近リニューアル出版された創元推理文庫の江戸川乱歩 編『世界推理短編傑作集2』には「奇妙な足音」(中村保男 訳)が新たに収められました。
収録短編のすべてが各種アンソロジーに収められてもおかしくない『ブラウン神父の童心』
原題は"The Innocence of Father Brown"ですが、"Innocence"「イノセンス」とは何なのでしょう。
ハヤカワ文庫『ブラウン神父の無垢なる事件簿』の解説を担当された新保博久さんは、最も親しまれてきた「童心」という邦題が必ずしも適訳とは思われないそうで、

(前略)今回、ハヤカワ・ミステリ版の『ブラウン神父の無知』を踏襲するのも躊躇され、ブラウン神父がホテルのクローク係のふりをしたりするのに鑑み「稚気」を提案してみたが採用されなかった。まあ看板は「折れた剣」だろうが何だろうが、酒場はうまい酒食と居心地良さを提供できればいい。(後略)

とありました。(ハヤカワ文庫では「折れた剣の看板」。)
「童心」、「無知」、「純智」、「無心」、「無垢なる事件簿」と訳されてきた「イノセンス」。皆様ならどう訳されますか?

年齢を重ねて再読すれば、さらに味わい深くなる短編集

私とブラウン神父の出会いは、今から約20年前。
ここでも登場するアンソロジー『世界の名探偵コレクション10 (3)ブラウン神父』二宮磬 訳(集英社文庫)、…なお、この本の解説も新保博久さんです。
『ブラウン神父の童心』所収の「飛ぶ星」も収められた短編集ですが、「古書の呪い」という、短編集第5集『ブラウン神父の醜聞』に収められた作品は面白く読みましたが、他の作品は可もなく不可もなし、という感じでした。
程なくして創元推理文庫の『ブラウン神父の童心』(旧版)を読み、インパクトのある「秘密の庭」やチェスタトンの真骨頂ともいわれる「見えない男」「折れた剣」など、全般的には面白く読んだのですが、正直何だか分からない部分も多々ありました。

あれから20年。
『世界推理短編傑作集2』「奇妙な足音」を読んだ後、今回はハヤカワ文庫の『ブラウン神父の無垢なる事件簿』で読み直したのですが、何だか分からない部分もやはりあったものの、

ゆーじあむ
ゆーじあむ
ブラウン神父譚って、なんだかドラマチック!

と、20年前は上っ面しか読めていなかった作品の、ほんの少しだけですが、その奥深い部分が読めたような気がしました。
それは、訳者が私の好きな翻訳家さんの一人である田口俊樹さんであることも大きかったと思います。
ちなみに、これも解説の新保博久さんによれば、短編集における作品の配列は雑誌の発表順とかなり異なっており、「こういう順に読んでもらいたいという(チェスタトンの)配慮が働いているよう」なので、この短編集はあちこち拾い読みせず、冒頭から順番に味わった方がよい、とのこと。
実際、ハヤカワ文庫の「イズレイル・ガウの誉れ」の文中には、

本短篇集収録の「まちがった形」を指している。そちらのほうが雑誌ではさきに発表された

という注釈が記されていました。

電子書籍情報

グーテンベルク21の他に、ハヤカワ文庫と創元推理文庫【新版】がそれぞれ電子書籍化されています。
ただし、ハヤカワ文庫『ブラウン神父の無垢なる事件簿』電子版には新保博久さんの解説は収録されていないようです。(私は、この電子版は持っていないので、間違っているかもしれませんが。)
創元推理文庫『ブラウン神父の童心』電子版には戸川安宣さんの解説も収められています。(これは私も持っています。)また、ブラウン神父譚が収められた5つの全短編集【新版】もすべて電子化されているので、携帯に便利です。

なお、ブラウン神父譚は5つの短編集と未収録の短編を合わせて全53編ですが、第4集『ブラウン神父の秘密』の収録作のうち2編の数え方に相違があったりするので、全50余編と曖昧に言うしかない、というのは新保博久さんの解説より。
短編集未収録の短編のうち、「村の吸血鬼」は第5集『ブラウン神父の醜聞』に追加されており(原書初版には収録されていない)、前半の問題編をマックス・ペンパートンが記した「ドニントン事件」は集英社文庫『世界の名探偵コレクション10 (3)ブラウン神父』に所収されています。そして、チェスタトンの遺稿から発見された「ミダスの仮面」は論創社『法螺吹き友の会』に付載されています。

映像化情報

最近では、舞台を1950年代に移してケンブルフォードという架空の村を中心に物語が展開される英国BBCの『ブラウン神父』という1時間ドラマがあります。
最初の頃のシーズンこそ、『ブラウン神父の童心』収録作のいくつかが大幅に脚色されて放映されていましたが、基本的にはオリジナル・ストーリーで、2019年現在シーズン7、80エピソードが制作されています。
また、ブラウン神父を演じるマーク・ウィリアムズさん(「ハリー・ポッター」の親友ロンのお父さん役でおなじみ)は、原作にある「小柄な神父」というより、むしろ大柄なカソリック神父です。(「巨人」のフランボー(フランボウ)よりも背が高い。)
ただ、それ以外の「ブラウン神父」の特徴は、まずまず引き継がれていると思います。
ところで、フランボーと言えば、原作では大泥棒のフランボーは改悛して、ブラウン神父の良き友人になるのですが、こちらのドラマのフランボーとブラウン神父の関係はなかなか複雑なようです。

基本的に一話完結で、脇を固めるシリーズ・キャラクターとの掛け合いも面白いドラマ『ブラウン神父』は、AXNミステリーで放送中の他、配信もされているようです。
また、シーズン5までは、『ブラウン神父の事件簿』というタイトルでDVD-BOXが発売されています。
いずれも字幕版です。

終わりに;参考文献

クイーンの定員No. 47は、以後のミステリーにも多大な影響を与えた『ブラウン神父の童心』です。
新保博久さんも仰るように、「むしろ一、二度でも読んだという人にこそ手に取ってもらいたい」短編集。もちろん、初めて手に取る方も楽しめることでしょう。
私はいずれまた再読してみるとともに、他の短編も読んでいこうと思います。

参考文献・参考図書

廣野由美子 著, ミステリーの人間学 ——英国古典探偵小説を読む(岩波新書)

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