このカテゴリーの最初の記事に参考図書として挙げている『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』(国書刊行会)。 このカテゴリーで記事を書くのは初めてなので、最初にその目的を記します。 はじめに;このカテゴリーの目的 このカテゴリーは、作家エラリー・クイーン(ことにフレデリック・ダネイ*)が欧米探偵小説史上最も重 ... 続きを見る
定員No. 90:新訳で親しみやすくなった『エラリー・クイーンの冒険』
その最後から2番目に取り上げられた劇作家パーシヴァル・ワイルドの諸作は、この本が刊行された1998年時点ではほとんどが未訳でした。
2000年に、クイーンの定員に選ばれた『悪党どものお楽しみ』(国書刊行会 <ミステリーの本棚>)が初めて訳されて以降、ワイルドの諸作の新訳・初訳が徐々に進み、その魅力が明らかになってきました。
この記事では、その『悪党どものお楽しみ』を中心にご紹介します。
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 79
Rogues in Clover
『悪党どものお楽しみ』パーシヴァル・ワイルド(米1929年)ーHQS
8編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:ビル・パームリー
- The Symbol 「シンボル」
- The Run of the Cards 「カードの出方」
- The Poker Dog 「ポーカー・ドッグ」
- Red and Black 「赤と黒」
- A Case of Conscience 「良心の問題」
- The Beginner's Luck 「ビギナーズ・ラック」
- The Pillar of Fire 「火の柱」
- Slippery Elm 「アカニレの皮」
入手容易な邦訳
『悪党どものお楽しみ』巴妙子 訳(国書刊行会、ちくま文庫)に、全編収録。
【電子書籍】なし。
『世界推理短編傑作集3』(創元推理文庫)を読む前に
江戸川乱歩 編『世界推理短編傑作集3』(創元推理文庫)には、'The Adventure of the Fallen Angels' 「堕天使の冒険」(橋本福夫 訳)というパーシヴァル・ワイルドの少し長めの短編が収録されています。
このお話、単独で読んでも面白く読めるのですが、
「クラグホーン君にこんな問題を裁く資格がどこにある? なんの権利があって、ぼくを告発したりするんだ?」
その疑問に対してみんなは口々に答えた。ストレーカーは、トニイがシュワーツという男の仮面をはいだときに、同席していたらしかった。(後略)
このトニー・クラグホーン(トニイ・クラグホーン)がシュウォーツ(シュワーツ)という男の化けの皮を剝がしたときのお話が、『悪党どものお楽しみ』に収録されています。
つまり、『悪党どものお楽しみ』を読んでから、「堕天使の冒険」を読んだ方がより楽しめそうです。
なお、「堕天使の冒険」は、短編集の元版ならびに国書刊行会版には未収録ですが、ちくま文庫版にはボーナス・トラックとして新訳収録されているので、これからこのシリーズを読んでみようという方には、ちくま文庫版がお薦めです。
改心した元ギャンブラーが凄腕いかさま師たちと対決
原題"Rogues in Clover"を直訳すると、「クローバーの悪党(詐欺師)たち」。
これだと、意味が何だかよく分かりませんが、ちくま文庫の森英俊さんの解説によれば、"be in clover"(安楽に暮らす)という成句から採られた、とのこと。
人々が能天気にギャンブルに興じるさまは、「狂乱の1920年代」の雰囲気を伝えているのですが、そんな中で探偵役をつとめるのは、賭博師稼業から足を洗い、農業を営んで質実な生活を送ることを選択したビル・パームリー。
第一話「シンボル」は、彼が6年間にわたるギャンブルづけの生活から足を洗うようになったいきさつが記されている、収録作品の中では少し固めのお話ですが、とても印象深いお話です。
そんなビルがたまたま、車を運転していて田舎道の溝にはまってしまった女性、ミリーを助けたことから、その夫、トニー・クラグホーンを不正ポーカーの被害から救うことになります。(第二話「カードの出方」)
ギャンブル好きだがお人好しのトニーとの出会いは、その後もビルを凄腕いかさま師たちとの対決へと導いていくのです。
『悪党どものお楽しみ』は、その様子をユーモラスに描いた連作短編集なので、読むときは拾い読みをせずに順番通りに読んだ方がよいでしょう。
いかさま師たちのトリックを暴き、また、時には彼らへの対抗策として、ビル自身もトリックを仕掛ける様子は痛快ですが、ビルの父親(「シンボル」では父親が重要な役割を果たすのです)のこんな言葉は、含蓄のある言葉です。
「いいかビル、いかさまを暴くたびに、お前自身が人生の汚点の埋め合わせをしているんだよ。」
パーシヴァル・ワイルドの他の作品;ワイルドにハズレなし
『悪党どものお楽しみ』は粒揃いの短編がそろっていますが、その中でも傑作と言われている第三話「ポーカー・ドッグ」では、冒頭にとても微笑ましい電報のやり取りが付されています。 以前の記事で、「クイーンの定員」の最初の短編集をご紹介しました。 これからしばらくは、最近リニューアルされた『世界推理短編傑作集1〜5』(江戸川乱歩 編;創元推理文庫)の作品配列に従いながら、2019 ... 続きを見る
微笑ましい電報や手紙のやり取りと言えば、短編集"P. Moran, Detective"『探偵術教えます』。
田舎町のお屋敷付き運転手、P・モーランくんが、ニューヨーク州にある探偵通院教育学校の主任警部とやり取りをして、通信教育の探偵講座を受講しているのですが、すっかり名探偵気取りのP・モーラン青年は習い覚えた探偵術を実行に移し、事態をますます紛糾させてしまいます。
この短編集、2002年に晶文社から出版された後、2018年にボーナス・トラック付きで文庫化(ちくま文庫)されたのですが、ウィルキー・コリンズの短編「人を呪わば」(「探偵志願」)とも比較してみるのも面白いと思います。
定員No. 3:抜群のストーリーテラーであるウィルキー・コリンズの『ハートの女王』
参考
通信教育探偵といえば、クイーンの定員にも選ばれた「先駆者」がいます。
彼については、そのうちこのブログでも取り上げることになるでしょう。
パーシヴァル・ワイルドといえば、一時期は江戸川乱歩が称えた"Inquest"『検屍裁判』のみが有名で、その『検屍裁判』も絶版でした。
『悪党どものお楽しみ』、『探偵術教えます』が完訳出版された後、『検死審問——インクエスト——』(創元推理文庫)が新訳で、その続編"Tinsley's Bones"『検死審問ふたたび』(創元推理文庫)が本邦初訳で、相次いで出版され、その面白さを堪能しましたが、残念ながらこれら2冊は2019年現在品切れ中。。。
そして、2016年にはワイルドの処女ミステリ長編"Mystery Weekend"『ミステリ・ウィークエンド』(原書房)が出版。ボーナス・トラックとして収録されている短編3作のうち、2作はこの本でしか読めませんが、いずれの作品も楽しんで読みました。
ワイルドの未訳の長編は、『ミステリ・ウィークエンド』の姉妹編とも言われる"Design for Murder"を残すのみとなりました。出来はやや落ちるようですが、この作品も日本語で読みたいものです。
終わりに
クイーンの定員No. 79『悪党どものお楽しみ』は、カード・ゲームなどのいかさまやコンゲームにからんだ事件を、今は農業を営む元ギャンブラーが解くユーモア・ミステリ連作集です。
様々なカード・ゲームが物語の題材として取り上げられていますが、ルールを知らなくても物語を楽しめますので、読んで痛快な気分を味わってください。