クイーンの定員

定員No. 11:『宝島』の著者が紡ぎ出す怪奇で波瀾万丈な奇譚;『新アラビア夜話』

2021年9月20日

アラビアンナイト

mohamed HassanによるPixabayからの画像

『宝島』『ジキル博士とハイド氏』などの作品で有名な英国の文豪、ロバート・ルイス・スティーヴンソン(R・L・スティーヴンスン)。
彼の短編集もクイーンの定員に選ばれています。
2021年現在、それらの短編は容易に読めるので、ここでご紹介するとともに、最近出た「続編」についても触れたいと思います。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 11

New Arabian Nights
『新アラビア夜話』ロバート・L・スティーヴンスン(英1882年)ーHQR

11編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:フロリゼル王子(第1巻の7編)

Volume 1 (第1巻)
The Suicide Club 「自殺クラブ」

  • Story of the Young Man with the Cream Tarts 「クリームタルトを持った若者の話」
  • Story of the Physician and the Saratoga Trunk 「医者とサラトガトランクの話」
  • The Adventure of the Hansom Cab 「二輪馬車の冒険」

The Rajah's Diamond 「ラージャのダイヤモンド」

  • Story of the Bandbox 「丸箱の話」
  • Story of the Young Man in Holy Orders 「若い聖職者の話」
  • Story of the House with the Green Blinds 「緑の日除けがある家の話」
  • The Adventure of Prince Florizel and a Detective 「フロリゼル王子と刑事の冒険」

Volume 2 (第2巻)

  • The Pavilion on the Links 「臨海楼綺譚」(「眺海の館」、「砂丘の冒険」)
  • A Lodging for the Night 「一夜の宿り」(「その夜の宿」)
  • The Sire de Malétroit's Door 「マレトロワ邸の扉」(「マレトロワの殿の扉」)
  • Providence and the Guitar 「神慮はギターとともに」(「天意とギター」、「ベルトリーニ氏のギタラ」)

入手容易な邦訳

第1巻は『新アラビア夜話』南條竹則・坂本あおい 訳(光文社古典新訳文庫)に、全編収録。
『短編ミステリの二百年1』小森収 編(創元推理文庫)に、1編収録。
第2巻は『眺海の館』井伊順彦 編訳(論創社)に、全編収録。
『臨海楼綺譚 新アラビア夜話第二部』南條竹則 訳(光文社古典新訳文庫)に、全編収録。
『砂丘の冒険』脩海 訳(ビブリオテク・ウラニボリ)に、1編収録。


【電子書籍】第1巻は全編、『新アラビア夜話』(光文社古典新訳文庫)で読める。
第2巻は全編、『眺海の館』(論創社)で読める。
『砂丘の冒険』は、Amazon Kindleで読める。

短編集『新アラビア夜話』は2巻本の書籍

オリジナルの『新アラビア夜話』2巻で構成されており、第1巻には、初め〈ロンドン〉という雑誌に「末の世のアラビア夜話 Latter-Day Arabian Nights」という題で発表された7編の短編、すなわち3連作の『自殺クラブ』と4連作の『ラージャのダイヤモンド』が収録されています。
英国の首都ロンドンをアラビアの都バグダッドに見立て、本家本元の『千夜一夜物語』を模して無名のアラビア人が次々と物語を語る、ボヘミアのフロリゼル王子と従者ジェラルディーンを主人公にした本作は、日本では近年、光文社古典新訳文庫の『新アラビア夜話』で全編読めます。

第2巻に収録された1つの中編「眺海の館」と3つの短編は、それぞれ雑誌に独立して発表されたもので、フロリゼル王子は登場せず、“アラビア夜話”という趣向もない、まったく別個の作品です。
これら4編は角川文庫『臨海楼綺譚』(1952年)などで読めましたが、2019年に論創社から出版された論創海外ミステリ237『眺海の館』にもまとめて収録され、現在も手に取りやすくなっています。
(2022年に、光文社古典新訳文庫からも『臨海楼綺譚』新訳が刊行されました;後述

怪奇なクラブ会長とフロリゼル王子との手に汗を握る対決!『自殺クラブ』

この中でも特に著名なのが、3連作の『自殺クラブ』です。
冒頭を飾る第1作「クリームタルトを持った若者の話」は特に有名で、光文社文庫のアンソロジー『クイーンの定員Ⅰ』「クリーム・パイを持った若い男の話」河田智雄 訳)や、最近では創元推理文庫のアンソロジー『短編ミステリの二百年1』(直良和美 訳)にも収められています。

スティーヴンスンは探偵とファンタジーを融合させた。彼はロマンスというバラ色の反射銃で悪事をあばいた。リアリズムという足を持ったロマンティシストであったのはスティーヴンスンが天才であったからだ(クイーン)

『クイーンの定員Ⅰ』エラリー・クイーン・各務三郎 編(光文社文庫)

ヴィクトリア朝後期の退廃したムードを背景にして描かれた、この奇妙な味がする犯罪小説は、自殺クラブの会長の不気味さが印象に残る佳編です。
4連作の『ラージャのダイヤモンド』は、呪われた宝石に振り回される人たちの物語で、フロリゼル王子もこの宝石の魔力に巻き込まれます。

第1巻だけで『新アラビア夜話』にしてしまうのは惜しい;『眺海の館』

先述のように、オリジナルの『新アラビア夜話』の第2巻には第1巻の諸作とは独立した4作品が収録されているので、第1巻だけで“新アラビア夜話”にしてしまうという考えが、現在の主流のようです。

でも……、第2巻も気になります!

確かに、第2巻の収録作品は“アラビア夜話”ではないものの、なかなか面白い作品が収められていました。

「眺海の館」(赤星美樹 訳)は、シャーロック・ホームズ物の作者コナン・ドイルが『ジキル博士とハイド氏』と双璧、とも評価していた中編。
学生時代の友をふと思い出し、放浪のさなか訪れたスコットランド北部の「砂地の草原(リンクス)」にある、海を眺める小さな館で、主人公の「わたし」は事件に巻き込まれます。
緊迫したストーリー展開の中で、登場人物が生き生きと描かれており、恋愛要素も気になります。
論創社版の「眺海の館」は、初出掲載誌からの初邦訳。(初出誌版は通常の単行本版といくつか相違があります;後述
また、私は未読ですが、本作は「砂丘の冒険」というタイトルでAmazon Kindleでも新訳で読めるようです。

「一夜の宿り」(赤星美樹 訳)は、フランス中世の詩人フランソワ・ヴィヨンを主人公にして、一夜の出来事を描く好短編。
「マレトロワ邸の扉」(岩崎たまゑ 訳)も、百年戦争が続いている1429年のフランスが舞台です。
「神慮はギターとともに」(赤星美樹 訳)も、フランスの架空の土地が舞台ですが、心地よい結末が待っています。

なお、論創社の『眺海の館』には、その他にもスティーヴンソンの没後に出版・発表された『寓話』Fables『宿なし女』The Waif Woman「慈善市」The Charity Bazaarが収められています。
『寓話』は40年ぶりの単行本全訳であり、「慈善市」は本邦初訳とのこと。

光文社古典新訳文庫から『臨海楼綺譚 新アラビア夜話第二部』が新訳刊行(2022年追記)

2022年4月に、光文社古典新訳文庫から『臨海楼綺譚 新アラビア夜話第二部』が新訳刊行されました。
翻訳は、既刊の『新アラビア夜話』の翻訳にも携わった南條竹則さん。
『新アラビア夜話』と合わせ、光文社古典新訳文庫で待望の全訳です。

表題作「臨海楼綺譚」は、本文中では'The Pavilion on the Links'という題名を、「草砂原」という造語にルビを振って、「草砂原(リンクス)の楼閣」と翻訳されています。
(作者の説明によれば、Linksはスコットランド方言で「風に吹き流されるのをやめ、多かれ少なかれ芝にしっかり覆われた砂地」を意味するとのこと。)
また、論創社版の「眺海の館」初出掲載誌版に基づく翻訳でしたが、光文社古典新訳文庫版の「臨海楼綺譚」は、単行本に収録する際に手が加えられた改訂版で、一般に流布しているのはこの改訂版。
両者を比較して読むのも一興かと思います。
その他、「その夜の宿」「マレトロワの殿の扉」「天意とギター」を収録。
電子書籍は2022年4月現在、刊行されていませんが、そのうち出るような気がします。

電子書籍情報

光文社古典新訳文庫の『新アラビア夜話』、論創社の『眺海の館』は電子書籍化されています。
最近、論創海外ミステリのいくつかの作品は電子書籍化されており、『眺海の館』についてはAmazon Kindleや楽天Kobo、Yahoo!(bookfanプレミアム)以外にも、例えば以下の電子書籍ストアで購入できます。

 

フロリゼル王子も登場する続編『爆弾魔——続・新アラビア夜話』

光文社古典新訳文庫『新アラビア夜話』の南條竹則さんの解説では、フロリゼル王子も(少しだけ)登場する続編があることが記されています。
2021年、この『爆弾魔——続・新アラビア夜話』More New Arabian Nights: The Dynamiterが南條さんの訳で国書刊行会から刊行されました。

恐怖の爆弾テロリストたちの暗躍を物語の経糸にして、黄昏の世紀末ロンドン、合衆国の荒野、カリブ海の小島を舞台に繰り広げられる、怪奇で波瀾万丈な奇談の数々。
ドイルや(アーサー・)マッケンにも大きな影響を与えた連作小説、本邦初訳なる!!

『爆弾魔』(国書刊行会)帯のキャッチコピーを抜粋

この『爆弾魔』はスティーヴンソンと夫人ファニーの合作で、1885年に出版されて、好評を博したようです。
全体の構想はファニーによるものだそうで、本作の第1挿話「破壊の天使の話」Story of the Destroying Angelシャーロック・ホームズ物語の最初の作品、コナン・ドイルの『緋色の研究』第2部「聖徒の国」に影響を与えたとのこと。

確かに、よく似ている!

全体は『新アラビア夜話』の第1巻よりかなり長いのですが、フロリゼル王子のその後が気になる方は読んでみて面白い作品だと思います。

電子版もAmazon Kindle、楽天kobo、Yahoo!(ebookjapan、bookfanプレミアム)を始め、各電子書籍ストアで販売中。

終わりに

クイーンの定員No. 11の『新アラビア夜話』は、実は2巻本。
第1巻は、光文社古典新訳文庫『新アラビア夜話』で読め、19世紀ロンドン版の「アラビアンナイト」が楽しめます。
独立した中短編4編を収めた第2巻は、論創社『眺海の館』にて全編読めます。
また、2022年に光文社古典新訳文庫からも『臨海楼綺譚 新アラビア夜話第二部』が刊行されました。
第1巻の続編も2021年に本邦初訳で出版されたので、ご興味のある方は読んでみてください。
(なお、上記本文中、「スティーヴンスン」、「スティーヴンソン」と表記が乱立していますが、引用書籍に合わせました。)

この記事の参考文献・参考図書・参考サイト

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