「賢者の贈り物」The Gift of the Magi、「警官と賛美歌」The Cop and the Anthem、「最後のひと葉」The Last Leaf、——アメリカの小説家であり、アメリカ文学史上で屈指の短編の名手と言われるオー・ヘンリー(O・ヘンリー)の諸作を、幼いときに読まれた方も多いのではないのでしょうか。
そんなオー・ヘンリーの短編集のうち、詐欺師ジェフ・ピーターズの活躍する短編集が「クイーンの定員」に選ばれています。
作品の一部は邦訳されているので、この記事ではそれらをご紹介するとともに、最近出版されたオー・ヘンリーの新訳短編集にも触れながら、その他のオー・ヘンリーの作品についても簡単にご紹介します。
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 40
The Gentle Grafter
オー・ヘンリー(米1908年)ーHQ
14編収録、10編邦訳。
シリーズ・クリミナル:ジェフ・ピーターズ & アンディ・タッカー
- The Octopus Marooned 「孤島の事業主」
- Jeff Peters as a Personal Magnet 「ジェフ・ピーターズの人間磁気」(「にせ医者ジェフ・ピーターズ」、「催眠術師のジェフ・ピーターズ」)
- Modern Rural Sports 「当世田舎者気質」
- The Chair of Philanthromathematics 「博愛主義的数学講座」
- The Hand That Riles the World
- The Exact Science of Matrimony 「結婚仲介の精密科学」(「結婚精密科学」)
- A Midsummer Masquerade
- Shearing the Wolf 「狼の毛を刈れ」
- Innocents of Broadway 「ブロードウェイのお人好し」
- Conscience in Art 「詐欺師の良心」
- The Man Higher Up 「腕くらべ」
- A Tempered Wind
- Hostages to Momus
- The Ethics of Pig 「豚の教え」
入手容易な邦訳
『O・ヘンリー ミステリー傑作選』小鷹信光 編/訳(河出文庫)に、5編収録。
『詐欺師ミステリー傑作選』小鷹信光 編(河出文庫)に、1編収録。(ただし品切れ中)
『新編 オー・ヘンリー傑作集 「宝石店主の浮気事件」他十八編』清水武雄 監訳(松柏社)に、1編収録。
『魔が差したパン:O・ヘンリー傑作選Ⅲ』小川高義 訳(新潮文庫)に、1編収録。
『最後のひと葉:オー・ヘンリー傑作集2』越前敏弥 訳(角川文庫)に、1編収録。
【電子書籍】5編は上述の『O・ヘンリー ミステリー傑作選』小鷹信光 編/訳(河出文庫)で読める。
上述の新潮文庫、角川文庫も電子書籍で読める。
河出文庫の<詐欺師ジェフ・ピーターズ物語>は電子書籍で読める
1908年に出版された短編集"The Gentle Grafter"——邦訳すれば『お人好し詐欺師』という題名の作品集ですが、この本自体の完訳本はありません。
ただし、収録作品のうち5作品は、河出文庫の『O・ヘンリー ミステリー傑作選』に<詐欺師ジェフ・ピーターズ物語>というタイトルでまとめられています。
この傑作選は、オー・ヘンリーが記した作品の中から犯罪をテーマにしたものを28編選んだ、日本独自編纂(へんさん)のアンソロジーです。
『O・ヘンリー ミステリー傑作選』小鷹信光 編/訳(河出文庫)
河出文庫のこのアンソロジーは、2021年現在、紙書籍版は品切れのようですが、電子書籍が刊行されているので、比較的容易に読めます。
<詐欺師ジェフ・ピーターズ物語>は、以下の5作品。
詐欺師ジェフ・ピーターズ物語
「詐欺師の良心」、「ブロードウェイのお人好し」、「狼の毛を刈れ」、「孤島の事業主」、「豚の教え」
ジェフ・ピーターズとその相棒アンディ・タッカーという二人組詐欺師の登場する、これらの短編は、いずれの作品もジェフの語りを「私」が聞くという形式となっています。
いずれの作品もジェフの語りを私(オー・ヘンリー?)が聞くという形式となっており、クールで抜け目のないアンディーと情に厚く人の好いジェフといった性格の対比が作品の大きな魅力となっている。
『新編 オー・ヘンリー傑作集』(松柏社)解説(狩野君江)より抜粋
光文社文庫『クイーンの定員Ⅱ 傑作短編で読むミステリー史』(エラリー・クイーン・各務三郎 編)には「当世田舎者気質」(小鷹信光 訳)が収録されていますが、#40『お人好しの詐欺師』の解説には、以下のようなクイーンの引用があります。
「〈作者の天才の一面をしめす風変りにして途方もないユーモアに満ち〉、〈単一のテーマ、つまり愚かものと彼の持ち金を分かつことを中心に構成された〉」(クイーン)
小鷹さんの翻訳では「あっし」と自分のことを呼ぶジェフの魅力的な話は、河出文庫の『詐欺師ミステリー傑作選』に収録されている「博愛主義的数学講座」にも当てはまりそうですが、この作品は私は未読です。
クイーンがアンソロジーに二度選んだ「ジェフ・ピーターズの人間磁気」
「ジェフ・ピーターズの人間磁気」は、日本でも「催眠術師(の)ジェフ・ピーターズ」などのタイトルで、これまでにもオー・ヘンリーのアンソロジーに収められてきました。
2015年に出版された新潮文庫の『魔が差したパン:O・ヘンリー傑作選Ⅲ』(小川高義 訳)では、「にせ医者ジェフ・ピーターズ」というタイトルで収められています。
2021年に出版された角川文庫の『最後のひと葉:オー・ヘンリー傑作集2』(越前敏弥 訳)では、原題に近い「ジェフ・ピーターズの人間磁気」というタイトルで収められています。
私は越前さんの翻訳で読んだのですが、その「訳者あとがき」によれば、エラリー・クイーンは自ら編纂したアンソロジーに本作を二度選んでいるようです。
ジェフとアンディの出会いも描かれた本作は、確かにあっと驚かされました。
なお、越前さんの翻訳では、ジェフは自分のことを「おれ」と呼んでいます。
なお、新潮文庫『魔が差したパン:O・ヘンリー傑作選Ⅲ』、角川文庫『最後のひと葉:オー・ヘンリー傑作集2』はそれぞれ電子書籍も刊行中なので、「にせ医者ジェフ・ピーターズ」、「ジェフ・ピーターズの人間磁気」もそれらで読めます。
最後にニヤリ;「結婚仲介の精密科学」
この短編は「結婚精密科学」という既訳がありますが(『O・ヘンリー名作集』講談社文庫)、現在は絶版・品切れで入手困難なので、松柏社の『新編 オー・ヘンリー傑作集 「宝石店主の浮気事件」他十八編』で読めるのは、喜ばしいことです(湯澤 博 訳)。
この翻訳でも、ジェフは自分のことを「俺」と読んでいます。
アンディーの抜け目のなさが見られる佳編で、ラストで思わず苦笑してしまいました。
その他の作品;やさしいブラック・ユーモアと皮肉などんでん返し
300作近くの短編を残したオー・ヘンリーについては、多数の出版社が訳書を刊行していますが、収録作品については重複傾向が見られます。
その原因については、松柏社の『新編 オー・ヘンリー傑作集 「宝石店主の浮気事件」他十八編』の「まえがき」等で推察されていますが、敢えて収録作品の大半に本邦初訳のものを取りそろえた、この松柏社の傑作集や、エラリー・クイーン編"O. Henry's Cops and Robbers"という短編集の存在が編集の契機となった河出文庫のミステリー傑作選は、ユニークな短編集だと思われます。
一方、最近新訳出版された角川文庫の傑作集は、まさに誰もが知る名作も収められた傑作集。
ゴッホの名作で彩られたカバーも魅力的です。
【3月30日は #ゴッホ の誕生日②】
ゴッホとオー・ヘンリーは、9才違いでほぼ同じ時代を生き
ともに、若い頃は職を転々としながら
亡くなるまでの10年足らずに、怒濤の勢いで名作を残したという点が重なって見えたので――2人の作品をカップリングしてみました。(た)https://t.co/cp5MLEsGXl pic.twitter.com/KDIhc5tYyF
— KADOKAWA翻訳チーム (@kadokawahonyaku) March 29, 2021
私が最近読んだのはこの4冊(角川文庫は全二集)ですが、収録作品が重複するものについては、やはりそれだけ面白いと思わせるものがあります。
例えば、「救われた改心」A Retrieved Reformation(角川文庫;河出文庫では「とりもどされた改心」)は、私が幼少の時に読んで感動した、金庫破りの前科者ジミー・ヴァレンタインの物語。
創元推理文庫のエラリー・クイーン編『ミニ・ミステリ傑作選』にも収められている「二十年後」After Twenty Years(角川文庫;河出文庫では「二十年後の再会」)は、ラストに驚きが待っています。
「赤い酋長(しゅうちょう)の身代金」The Ransom of Red Chief(角川文庫、河出文庫)は、読んでいて笑いが止まらなくなるほどのユーモラスな作品。
「宝石店主の浮気事件」The Dessipated Jeweler(松柏社;河出文庫では「不貞の証明」)も、シニカルな結末がなんとも言えません。
「魔女のパン」Witches' Leaves(角川文庫)は、新潮文庫(「魔が差したパン」)や光文社古典新訳文庫(「ミス・マーサのパン」)などのオー・ヘンリー傑作選にも収録されている有名な作品。
朝ドラ「カムカムエヴリバディ」では「善女のパン」という題名で出てきましたが、何とも言えない結末です。
その他の作品も面白く読みましたが、その中で特に印象に残ったのは以下の作品でしょうか。
「X嬢の告白」The Confession of ——(河出文庫)
「ヴィヴィエンヌ」'Girl'(松柏社:南田幸子 訳)
「ハーグレイヴズのふたつの顔」The Duplicity of Hargraves、「運命の道」Roads of Destiny(角川文庫)
なお、角川つばさ文庫からは、ここで紹介した全二集の傑作集に先駆けて、小学中級からを対象にした新訳版のオー・ヘンリー名作集が出版されています。
訳者には、角川文庫の傑作集を翻訳された越前敏弥さんも名を連ねており、電子書籍も刊行されているので、親子でオー・ヘンリーの名作を味わうのも良いかもしれません。
終わりに
クイーンの定員No. 40は、ジェフ・ピーターズとアンディ・タッカーという二人組詐欺師の登場する連作短編集"The Gentle Grafter"。
全作品が邦訳されているわけではありませんが、5作品は河出文庫の『O・ヘンリー ミステリー傑作選』に<詐欺師ジェフ・ピーターズ物語>というタイトルでまとめられており、電子書籍で容易に読めます。
角川文庫や新潮文庫の新訳傑作集に収録されている「ジェフ・ピーターズの人間磁気」(「にせ医者ジェフ・ピーターズ」)はエラリー・クイーンも気に入った作品で、それぞれ電子書籍でも読めます。
松柏社の傑作集に収められている「結婚仲介の精密科学」も面白い作品です。
これらの傑作集には、オー・ヘンリーの代表作を始め、ユーモアとペーソスにあふれた、笑えて、泣ける短編が多数収められているので、この機会に短編の名手の作品を堪能するのもよいでしょう。
この記事の参考文献・参考図書・参考サイト
ameqlist 翻訳作品集成(Japanese Translation List):O・ヘンリー(O. Henry)
The Gentle Grafter (English Edition) Kindle版