2019年10月より、フジテレビ系列の月曜夜9時(いわゆる「月9」)に放送されているドラマ「シャーロック」。
このドラマのタイトルには副題に「アントールド ストーリーズ」、英語では"SHERLOCK : UNTOLD STORIES"と記されています。
日本語で訳せば「語られざる事件」と訳せますが、この記事ではホームズ物語における語られざる事件("Untold Tales"とも)について触れたいと思います。
2021年3月17日、「シャーロック」映画化が発表されました。(2022年6月17日公開;後述)
ホームズ物語の最高傑作とも呼ばれる『バスカヴィル家の犬』が原案だそうで、楽しみです。
月9で「シャーロック」
世界一有名な探偵の、
まだ誰も知らない事件が、
いま始まる。
現代版シャーロック・ホームズの映像作品
本題に入る前に。
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英国BBCのTVドラマ「SHERLOCK/シャーロック」
そんなコンセプトで制作された英国BBC放送の大人気TVドラマ「SHERLOCK/シャーロック」が、日本全国無料のBSテレビ局Dlife/ディーライフで初放送中です。(2019年現在)日本ではNHK B ...
以前のこちらの記事でも紹介したように、2010年に英国BBC版の「SHERLOCK/シャーロック」が大成功した後、
21世紀の現代に活躍するシャーロック・ホームズとジョン・ワトスン
という作品は、いくつか作られてきました。
代表的なものは、2012年に米国CBSで制作され、2019年に本国で放送された第7シーズンがファイナルシーズンとなった「エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY」。
日本ではWOWOWで第6シーズンまで放映されているほか、スーパー!ドラマTVやDlifeなどでもそれ以前のシーズンが放送されています。
ルーシー・リューさんが演じる女性の(ジョーン・)ワトソンが特徴的な本作では、シャーロック・ホームズはジョニー・リー・ミラーさんが演じられています。
日本でも、2018年に「ミス・シャーロック」という作品がHuluで配信されました。
ミス・シャーロック/Miss Sherlock
その後、映画・チャンネルNECOでも放送されています。
これは、物語の舞台を現代の東京に移して、シャーロック・ホームズ役も女性(竹内結子さんが「シャーロック」を演じる)、ワトスン役の橘和都は貫地谷しほりさんが演じるというものでした。
いずれも、DVD-BOXが発売されています。
エレメンタリー ホームズ&ワトソン in NY シーズン1<トク選BOX>(12枚組) [DVD] パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン
ミス・シャーロック/Miss Sherlock [DVD] ポニー・キャニオン
そういうわけで、現代の東京を舞台にしたホームズ&ワトスン物は、
と、最初に月9で「シャーロック」のドラマを放送すると聞いたときに思ったのですが、この作品には前述の作品とは違った着眼点があったのでした。
「語られざる事件」:バターとパセリ
10月8日に放送された第1話。
ディーン・フジオカさんがシャーロック・ホームズ役で誉獅子雄という人物を演じ、岩田剛典さんがワトスン役で若宮潤一という人物を演じ、その出逢いとなる事件が描かれていました。
その事件を解く鍵の一つとなったのは、被害者の胃の中に「バターとパセリ」しかなかったことでした。
劇中、若宮の家に押しかけてきた獅子雄が、(勝手に)バターの上にパセリをのせて観察するシーンもありました。
このバターとパセリ。
その秘密は、本作の2分Ver.のティザー映像にありました。(映像公開終了)
本作では、コナン・ドイルの原作にキーワードとして登場しながら、その全容が語られることのなかった数々の事件、つまり「語られざる事件」を映像化しているとのこと。
ティザー映像には、次の5つの事件名が表記されています。
語られざる事件
- ダーリントンの替え玉事件
- タンカーヴィル・クラブ醜聞事件
- マーゲートの婦人事件
- アバネティ家の恐ろしい事件
- ジェイムズ・フィリモアの失踪事件
追記
「シャーロック」放送終了しましたね。
上に挙げた事件はEPISODE 05までの“語られざる事件”でしたが、公式サイトではその後のエピソードについても、モチーフとした事件の“語られざる事件”を紹介しています。それは以下の通り。
- カナリア調教師ウィルソンの逮捕事件
- マチルダ・ブリッグス号事件
- 赤蛭事件
- オパールの首飾りに関する事件
- 政治家と燭台と鵜飼の鵜事件
- 小船帆船アリシア号失踪事件
- 義理の娘殺人の罪に問われたモンパンシェ夫人の冤罪事件
- 偽洗濯屋事件(アルドリッジ)
語られざる事件について|シャーロック - フジテレビ
このうち、「バターとパセリ」がキーワードとなっている事件は、「アバネティ家の恐ろしい出来事」。
これは、短編集『シャーロック・ホームズの生還』所収「六つのナポレオン像」という短編に、
(前略)ぼくの手がけた第一級の事件のなかには、最初はまるでつまらないままおしまいになりそうだった事件がいくつもあるわけだし、どんなに些細なことだってそうそう取るに足りないとは言えない気がするよ。
あのアバーネティ家の恐ろしい事件にぼくがそもそも気づいたのは、暑い日にパセリがバターの中に沈んでいく深さのせいだったわけだからね。覚えてるだろ、ワトスン。(後略)日暮雅通 訳(光文社文庫)より抜粋
という文章があり、今回のドラマはここに書かれている事件名に着想を得て、内容を膨らませて描いたわけです。
(蛇足ですが、今回のお話に登場する「赤羽家」は、「アバネティ家」が由来なのでしょう。)
今回の「シャーロック」の脚本家は、井上由美子さん。
いろいろヒット作を生み出している脚本家さんですが、個人的に面白く見た作品はNHK「大河ドラマ 北条時宗」、2003年版のフジテレビ「白い巨塔」(唐沢寿明さん主演)、WOWOWの「パンドラ」シリーズなどでしょうか。
他の「語られざる事件」についても、どのように料理しているのか楽しみです。
「語られざる事件」の創作
無数にあるパロディ&パスティーシュ
もっとも、1エピソードのみであれば、英国BBC版の「SHERLOCK/シャーロック」にも語られざる事件の事件名を元にして制作されたエピソードがあります。
それは、日本では劇場公開された『SHERLOCK/シャーロック 忌まわしき花嫁』です。
コナン・ドイル以外の手によるホームズ物語は(ホームズを茶化した「パロディ」と、極力ドイルの筆致を真似た「パスティーシュ」に二分できますが)、古今東西、数多くの作品があり、語られざる事件を題材にした作品も無数にあります。
そんな中で「語られざる事件」の入門編として一冊挙げるとすれば、日本独自編纂の短編集である、
シャーロック・ホームズの栄冠;ノナルド・A・ノックス、アントニイ・バークリー 他、北原尚彦 編訳(創元推理文庫)
これは、もともと2007年に論創社から論創海外ミステリとして出版された単行本の文庫化で、(文庫化の際に作品が一つ追加されていますが、)第Ⅰ部〜第Ⅴ部の25作品のうち、第Ⅲ部の4作品が「語られざる事件篇」として紹介されています。
優れたホームズ贋作アンソロジーは他にもありますが、『シャーロック・ホームズの栄冠』は2019年現在品切れしておらず、お手軽に入手できるのでお薦めです。
ヴィクトリア朝時代のホームズを描いた、真作に迫る「語られざる事件」の創作
「語られざる事件」の創作物の中でも、原作のシャーロック・ホームズが活躍していた19世紀ヴィクトリア朝時代に舞台を設定して、(『忌まわしき花嫁』は一応、ヴィクトリア朝時代が舞台でしたが、)コナン・ドイルの筆致を真似た「語られざる事件」のパスティーシュのみで構成された正統派の短編集、となると、難易度がグッと上がるため作品数がそれほど多くなくなりますが、私の大好きな作品群の一つです。
その代表的な作品集は以下の通り。
シャーロック・ホームズの功績;アドリアン・コナン・ドイル&ジョン・D・カー、大久保康雄 訳(ハヤカワ・ミステリ)
シャーロック・ホームズの秘密ファイル;ジューン・トムスン、押田由紀 訳(創元推理文庫)
前者は、コナン・ドイルの次男アドリアンと密室ミステリの巨匠ディクスン・カーの合作による、12編からなる短編集。うち後半の6編はアドリアン単独執筆のようですが、すべて語られざる事件を元にしています。
私が初めて買ったポケミスでもあります。
後者は、第一短編集のみ挙げましたが、その後もシリーズは続き、『シャーロック・ホームズのクロニクル』、『シャーロック・ホームズのジャーナル』、『シャーロック・ホームズのドキュメント』と翻訳されています。さらに現在に至るまでシリーズは続いているようですが、それ以降は未訳です。各7編ずつ収められています。
ワトスンの未発表原稿は戦火で消失してしまったが、遺された筆写の内容がワトスン家の縁者によって公表される…という設定で、「本物らしさ」を随所に発揮しておりワクワクする作品集ですが、「なぜこの事件が『語られざる事件』、すなわち未発表原稿となったのか」という点を重視する傾向があるため、時にはカタルシスのない暗い事件もあったりします。
以上の作品集は現在いずれも品切れ中なのが残念です。。。
他にも、日本人の手による作品集もあります。
シャーロック・ホームズの蒐集(しゅうしゅう);北原尚彦(創元推理文庫)
前述の『シャーロック・ホームズの栄冠』を編訳された北原尚彦さんが書いた6編からなる短編集です。2018年に文庫化されました。
コナン・ドイルならこういうテイストでは書かないであろう、という作品もありましたが、そこに作者の北原さんらしさが表れている気がしました。
「語られざる事件」の正統派パスティーシュとして、英訳して逆輸出しても面白いのでは、と思いました。
シャーロック・ホームズの栄冠 (創元推理文庫) 東京創元社
シャーロックホームズの功績 (ハヤカワ・ミステリ 450) 早川書房
シャーロック・ホームズの秘密ファイル (創元推理文庫) 東京創元社
シャーロック・ホームズの蒐集 (創元推理文庫) 東京創元社
終わりに;「シャーロック」はアントールド・ストーリーズ
再び「シャーロック」の第1話に戻って、第1話の最後にワトスン役の若宮が記録を残すことにした経緯が描かれましたが、この「記録」は通常時は公開されない代物のようです。
つまり、アントールド・ストーリーズ、「語られざる事件」であり、今回のドラマ化は(少なくとも第1話のみで判断すれば、)その点を重視して制作されているようです。
これから、どういう風に新たな「シャーロック」が描かれるのか、注目していきたいと思います。
参考図書
北原尚彦 監修, シャーロック・ホームズ完全解析読本(宝島社)
追記
日本シャーロック・ホームズ・クラブ(JSHC)の月例会の公式アカウントである@JSHCGETSUREIKAI JSHC月例会さんもTwitterで、「アントールドストーリーズ」についてご説明されていました。
この記事では書かれていないことについても多くご紹介されていますので、こちらの一連のツイートもご参照ください。
なお、この秋に放送中のもう一つの「シャーロック」はこちら。
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意外にホームズ物語をオマージュしている?! 「歌舞伎町シャーロック」
前回の記事にて、2019年秋期ドラマ「シャーロック」をご紹介しました。 今期は、実はもう一つ「シャーロック」という名前がついたアニメが放送中です。 この記事では、その「歌舞伎町シャーロック」をご紹介し ...
映画『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』2022年6月に公開
映画『バスカヴィル家の犬 シャーロック・ホームズ劇場版』公式サイト
「シャーロック」が劇場版で戻ってきました。
今回の映画の原案は、ホームズ物語の最高傑作とも言われる長編『バスカヴィル家の犬』。
この作品をモチーフに、華麗なる一族の闇に獅子雄と若宮が迫るようです。
原案小説は、新潮文庫、創元推理文庫、角川文庫などから刊行されていますが、出版社によっては、今なら映画スチール写真帯付きで出荷されているようなので、書店で探してみるのもいいかもしれません。
また映画ノベライズも刊行されています。(小学生・中学生向けにも、6月刊行される模様。)