「クローズドサークル?」と首を傾げたのは比留子さん。「閉じ込められるってこと?」
「天候や道路の遮断で事件現場から出られなくなるのは、ミステリでよくある展開なんですよ」
俺が説明してあげた。
「そうなると警察の手が及ばず、捜査の手がかりが圧倒的に少なくなりますからね。論理的な推理に頼る場面が増えるってわけです」今村昌弘『屍人荘の殺人』より
国内主要ミステリー賞を総なめにした『屍人荘の殺人』
『屍人荘の殺人』とクローズドサークル
屍人荘の殺人 (創元推理文庫) 東京創元社
屍人荘の殺人 1 (ジャンプコミックス) 集英社
2017年に第27回鮎川哲也賞受賞作『屍人荘の殺人』でデビューされた今村昌弘さん。
その作品はデビュー作ながら、その年末の国内主要ミステリランキングでそれぞれ1位となり、4冠を達成。2019年には文庫化されて、また、映画化もされて12月公開の予定です。
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲。彼が冒頭の引用にある「俺」で、ワトソン役。
そして、「神紅のホームズ」ミステリ愛好会会長の明智恭介。
そんな二人の前に現れる謎の探偵少女、剣崎比留子。
この三人が、合宿に参加するためにペンション紫湛荘(しじんそう)を訪れたのですが、想像しえなかった事態に遭遇し、紫湛荘に立て篭りを余儀なくされる。
一夜明け、一人の惨殺死体が…というのが、本作のあらすじです。
冒頭の引用は、「想像し得なかった事態に遭遇」してクローズドサークルになってしまう前に発せられた会話ですが、クローズドサークルが簡単に説明されているので引用しました。
『屍人荘の殺人』コミカライズ版は第1巻が発売中
なお、小説とも(後で触れる)映画とも異なる、コミカライズ版『屍人荘の殺人』は、「少年ジャンプ+」で連載中です。
先日、コミックスの第1巻が発売されました。電子書籍でも読めます。
『屍人荘の殺人』を書くきっかけになった『月光ゲーム』
ところで、『屍人荘の殺人』の映画では、私が最近注目している女優の浜辺美波さん(英語教育のミニ番組「ボキャブライダー」にも出演されています)が剣崎比留子を演じています。
その美波さんがラジオ番組「浜辺美波 真夜中のシンデレラ」2019年6月6日深夜放送分で話されていたのですが、今村先生が本を書こうと思ったきっかけの作品として、有栖川有栖さんの『月光ゲームーYの悲劇'88』(こちらもデビュー作!)を薦められたそうです。
この『月光ゲーム』もクローズドサークルものの作品。
それも、
「予想だにしない事態」=ここでは山の噴火に巻き込まれて、クローズドサークルになってしまった!
という点は、『屍人荘の殺人』とも通じるところがあります。
ちなみに、美波さんは『月光ゲーム』を読まれて、
展開が全く読めなくて、私が読んだことのない、新しい推理小説だな。
「浜辺美波 真夜中のシンデレラ」2019年6月6日深夜放送分より
と思われたそうで、
と、感慨深く思いました。
なお、『月光ゲーム』はオーディオブックにもなっています。
AmazonのAudible版は朗読版で、audiobook.jp版はドラマ版です。
私はaudiobook.jp版を聴いたことがありますが、9時間以上の大作長編で、聴き応えがありました。
月光ゲーム―Yの悲劇’88|audiobook.jp
月光ゲーム―Yの悲劇'88 (創元推理文庫) 東京創元社
シャム双子の秘密 (角川文庫) KADOKAWA/角川書店
唯一にして異形のクローズドサークルもの『シャム双子の秘密』
そして、有栖川有栖さんと言えば、ご本人が、
私はエラリイ・クイーンの作品をベース(注:お手本)としてミステリを書いてきた。
「クイーンと私|EQというベース」, ハヤカワミステリマガジン2019年7月号(第64巻第4号)より
と仰っているように、エラリイ・クイーン(エラリー・クイーン)の作品を挙げないわけにはいけません。
『月光ゲーム』の副題にもある『Yの悲劇』も、もちろんクイーンの代表作のタイトルですが、ここでは現場の閉鎖状況が近い(と有栖川先生も仰っている)『シャム双子の謎』(『シャム双子の秘密』)を挙げましょう。
この作品では、山火事に遭遇してクイーン父子の身動きがとれなくなることにより、クローズドサークルが形成されます。
『月光ゲーム』と類似するところは、クローズドサークル内の殺人事件を解決したとしても、(ここでは山火事による)死の危険が主人公らに迫っているので、そちらも対策しなければならない点です。
このように、今村昌弘『屍人荘の殺人』で発生するクローズドサークルのルーツをたどっていくと、有栖川有栖『月光ゲーム』(山の噴火)、そして、エラリー・クイーン『シャム双子の秘密』(迫る山火事)に至ると考えられます。
さて、『屍人荘の殺人』における「想像し得なかった事態」とは何でしょうか?
(そこが本作の読みどころの一つ。)
『屍人荘の殺人』映画は原作と別物?
皆さんは『屍人荘の殺人』の原作を先に読まれました(あるいは、読もうとしています)か?
それとも、映画から観ようと考えていますか?
映画では、葉村譲を神木隆之介さん、先ほど記したように剣崎比留子を浜辺美波さん、そして、明智恭介を中村倫也さんが演じられています。
この映画。予告編などを見る限り、原作とはちょっとテイストが違うような感じです。
公式サイトでも、原作の今村先生が、
映画は小説とはまた違う雰囲気になっていて、(以下略)
とコメントを寄せられていますし、こんなニュースもチラホラ。
この映画の監督は、ドラマ「99.9-刑事専門弁護士-」や「民王」などを生み出した、木村ひさしさん。脚本は、「TRICK」シリーズなどミステリー作品に定評がある、蒔田光治さん。
大胆なアレンジも多くあるようなので、映画は映画、原作は原作として楽しんだ方がよさそうです。
映画を鑑賞しました:劇場用パンフレットには「袋綴じ」あり
1カ月前、上のようなことを記した私ですが。。。
2019年12月13日に公開された映画『屍人荘の殺人』を鑑賞しました!
一部キャラクターの設定変更など、原作との相違もありながら、そして、コミカルなシーンも随所にありながら、概ね原作通りにストーリーが進行していました。
見終わった後は、主題歌の『再生』が脳内でエンドレスに再生されます。。。
再生 - Single - Perfume (iTunes Store)
そんな『屍人荘の殺人』の劇場用パンフレットには袋綴じページがあり、「想像し得なかった事態」などのネタバレはここに記されています。
映画のラストの言葉は何?
など、映画を見て疑問に思ったことも、この袋綴じページには記されていたりするので、興味のある方は劇場でゲットしてみてください。
Blu-ray/DVDの発売が決定!
『屍人荘の殺人』の続編:『魔眼の匣の殺人』、『兇人邸の殺人』
2019年の始めに出版された『魔眼(まがん)の匣(はこ)の殺人』は、『屍人荘の殺人』シリーズ第二弾ではありますが、単品でも楽しめる構造になっています。
そして、こちらもクローズドサークルものです。
『屍人荘の殺人』と比べると物理的にはシンプルなクローズドサークルですが、死の予言や予知能力が絡み合って、登場人物たちを混乱と恐怖に陥れます。
ラストではどんでん返しもある佳作。
『屍人荘の殺人』を楽しまれた方は、こちらの『魔眼の匣の殺人』も読んでみてはどうでしょうか。
魔眼の匣の殺人
ミステリーズ! Vol.98
〈屍人荘の殺人〉エピソード0 明智恭介 最初でも最後でもない事件 〈屍人荘の殺人〉シリーズ 東京創元社
2021年7月、シリーズ第3弾の『兇人邸の殺人』が刊行されました。
明智恭介に焦点をあてた“エピソード0”——「明智恭介 最初でも最後でもない事件」
また、映画の公開を記念して、今村昌弘さん書き下ろし短編「明智恭介 最初でも最後でもない事件」が公開されており、『屍人荘の殺人』の前日譚として、明智と葉村の活躍が描かれています。
この作品は、雑誌『ミステリーズ vol.98』(東京創元社)に掲載されている他、電子書籍でも読めます(350円)。
読者待望の、明智さんが活躍する新たな作品が読めるのはうれしいですね。
なお、『ミステリーズ vol.98』では「特集:映画公開直前;「屍人荘」の世界へようこそ」と題して、他にも以下の記事が掲載されています。
- 今村昌弘さんと映画主要キャストのお三方(神木隆之介さん、浜辺美波さん、中村倫也さん)との座談会
- 今村さんと映画プロデューサー・臼井真之介さんとの対談
- 中国語繁体字版『屍人荘の殺人』の巻末に収録されている、今村さんと陳浩基さん(『13・67』の著者)とのメール対談
- 10月30日に行われた映画『屍人荘の殺人』ハロウィンイベントのレポート
終わりに
この記事では、新人作家のデビュー作ながら数々のミステリー賞を受賞し、その映画化作品の公開も控えている『屍人荘の殺人』を中心に、それに影響を及ぼしたと思われるクローズドサークルものの作品もご紹介しました。