以前、こちらの記事にてミステリ史上最初の女性探偵を紹介しました。
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定員No. 5:デュパンが探偵小説のアダムなら、イヴは誰?;『パスカル夫人の秘密』
以前の記事で、エドガー・アラン・ポーが1841年に世界で最初の探偵小説「モルグ街の殺人」を書き、小説に登場する探偵すべてのアダム(つまり、小説上の最初の男性探偵)というべきC・オーギュスト・デュパンを ...
では、ミステリ史上最初の(職業的)女性犯罪者は誰になるでしょうか?
それは、L・T・ミード女史が医学者であるロバート・ユースタスと合作して創造した、犯罪秘密結社「七王国」を統括した女性首領、マダム・コルチーであると言われています。
彼女が描かれた短編集はクイーンの定員に選ばれていますが、残念ながらまとまった邦訳書はありません。
ただし、全編の邦訳をWebで公開しているサイトがあり、そこで読むことができます。
この記事ではそれをご紹介するとともに、その後、ミードが世に送り出した、マダム・コルチーを上回る女性犯罪者マダム・サラの諸編を収めた短編集などもご紹介します。
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 27
The Brotherhood of the Seven Kings
『七王連盟』L・T・ミード&ロバート・ユースタス(英1899年)ーHR
10編収録(連作形式)、全編邦訳。(まとまった邦訳書はなし。)
活躍するクリミナル:マダム・コルチー
- At the Edge of the Crater 「火口の縁で」
- The Winged Assassin 「羽のある暗殺者」
- The Swing of the Pendulum 「揺れる振り子」
- The Luck of Pistey Hall「ピッツィ・ホールの幸運」
- Twenty Degrees 「レ氏二十度」
- The Star-Shaped Marks「星形の痕跡」
- The Iron Circlet 「鉄の輪」
- The Mystery of the Strong room 「金庫室の怪」
- The Blood-Hound 「ブラッドハウンド」
- The Doom 「運命の時」
入手容易な邦訳
「ウェヌスのPDF図書館」⇒「PDF図書館へのリンク」⇒「西洋推理小説」フォルダ⇒「L・T・ミード&ロバート・ユースタス」フォルダ内に、「ミステリーの舞台裏」Mickeyさん訳で全編収録。
【電子書籍】上述のサイトからPDFをダウンロード可能。(後述)
マダム・コルチーと謎の秘密結社「七王国」
マダム・コルチーはイタリアに本拠を置く犯罪秘密結社「七王国」(あるいは「七王連盟」)を統括し悪事のかぎりをつくす、美貌の女賊です。
マダム・コルチーは心霊医師と自称して世間の人気を集め、上流社会に足繁く出入りして、殺人、銀行強盗、誘拐、要人暗殺、テロとあらゆる悪事を重ねて司法当局を翻弄するが、いずれも完全犯罪なので、警察はどうしても彼女の尻尾をつかむことができない。
その彼女を追うのは、一時は自分も「七王国」に所属していた化学者のノーマン・ヘッド。
若い頃、イタリアに遊学した折にこの犯罪秘密結社の実体を知った彼は、すぐにマダム・コルチーの正体と野望を見抜き、友人の弁護士ダフレイヤーと協力し、「七王国」の壊滅作戦に立ち上がったのです。
本短編集は、その凄絶な闘いを描いた連作短編集です。
以上は、第8話の「金庫室の怪」を収録したハヤカワ・ミステリ文庫『シャーロック・ホームズのライヴァルたち②』(押川曠 編、乾信一郎 訳)の解説を要約したものです。
(ただし、この解説は結末のネタバレをしているので、そこは割愛しました。)
まさに、「金庫室の怪」までの事件では、マダム・コルチーが一枚上手な感じがしましたが、この「金庫室の怪」の事件でマダム・コルチーの犯行が露見し、ノーマン・ヘッドらが優勢になってきます。
しかし、ここからがスゴい!
その後も、医学的な知識や当時の最先端のテクノロジー(なかには疑似科学的なものもありますが)が駆使された壮絶なバトルが展開されるのです。
はたして、マダム・コルチーやノーマン・ヘッドらの運命はいかに?!
「疑似科学」と書きましたが、かなりケレン味あふれるストーリーも含まれているので、リアリティーを重んじる方にはあまりお薦めしません。
しかしながら、その手に汗を握る展開は一読の価値ありです。
Web上で閲覧できる無料の「全編邦訳」
直訳すれば『七人の王の兄弟愛』と訳される、この"The Brotherhood of the Seven Kings"という題名の短編集。
「金庫室の怪」以外の作品は、第1話の「火口の縁で」が戦前に「小説秘密結社」、「秘密結社七王社」というタイトルで翻訳されている以外に、まとまった邦訳はありません。
ただし、Web上では以前、「ミステリーの舞台裏」というサイトにて、『七王連盟』というタイトルで全編邦訳されたものが読めるようになっていたようです。
残念ながら、そのサイトは閉鎖されたようですが、その翻訳は「ウェヌスのPDF図書館」というサイトにて、2020年現在でも無料で読めます。
(PDFファイルの保管場所は、上述「作品の詳細データ」をご参照ください。)
PDF書類には誤字、脱字等が多いですが、そこはご愛敬。
無料のアプリSideBooksでPDFを読む
「ウェヌスのPDF図書館」のOneDriveに保管されている作品は、ブラウザで読まれることを推奨されていますが、ダウンロードも可能です。
ただし、『七王連盟』の各短編について言えば、左綴じの縦書きPDF書類になっているので、電子書籍ビューアーによっては、(頁めくりの方向が逆になったりして)違和感を覚える人もいるかもしれません。
そんなときに役立つスマホ・アプリを以下にご紹介します。
もちろん無料です。
SideBooks;Tatsumi-system Co., Ltd.
無料 App Store Google Play
SideBooksなら、
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左綴じのPDFでも、頁めくりの読む方向をカンタンに切替。
(左▶右:横書き文書に、左◀右:縦書き文書に) -
iTunes、Dropbox、メールやSafariからPDFなどを送ることが可能。
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フォルダ機能で、類似のファイルを一つにまとめることが可能。
ですので、ストレスなく『七王連盟』の各PDFを読めます。
iOSのSafariの場合、OneDriveにある目的のPDFファイルをそのままOneDrive上で開くのではなく、「ダウンロード」すれば、SafariでPDFが閲覧できる状態になるので、そのときに「アクションボタン」(iPhoneだと下の中央部、iPadだと右上にあるボタン)をタップして、「SideBooksで開く」を選択します。
挿絵画家はシャーロック・ホームズを描いたシドニー・パジェット
『七王連盟』は<ストランド・マガジン>1898年1月号〜10月号に連載されたのですが、その時に挿絵を描いたのはシドニー・パジェットです。
この挿絵もWeb上で閲覧できます。
関矢悦子さんが作成された以下のリスト、「シドニー・パジェットの挿絵の世界」をご参照ください。
作者のL・T・ミード女史はマダム・コルチーを上回る女性犯罪者を世に送り出す
L・T・ミード(本名:エリザベス・トマシーナ・ミード・スミス)は、アイルランド出身の女性の作家兼編集者で、少女小説や探偵小説を執筆しました。
『七王連盟』における医学的な知識などは、合作相手のロバート・ユースタスによるものと言われており、二人がアイディアを提供し、ミードがそれを一人で書き上げるというのが、合作のやり方だったようです。
参考
ユースタス(ユーステス)は、エドガー・ジェブスンとの合作短編「茶の葉」(江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集3』(創元推理文庫)に収載)や、ドロシー・L・セイヤーズとの合作長編『箱の中の書類』(ハヤカワミステリ)でも知られています。
関連
ミードは、医学者のクリフォード・ハリファックス博士とも合作しており、1894年に出版された短編集"Stories from the Diary of a Doctor"はクイーンの定員No. 17に選ばれています。
イギリスにおける医学ミステリーのはしりで、12編収録されており、「スタッドリー荘園の恐怖」という1編が『シャーロック・ホームズのライヴァルたち①』(押川曠 編訳)に収録されています。
ミードはその後、単独名義で<ストランド・マガジン>1902年10月号〜1903年3月号に短編作品を記し、それらは短編集"The Sorceress of the Strand"にまとめられます。
こちらの短編集にはマダム・サラという、マダム・コルチーをさらに過激にした女性犯罪者が描かれているのですが、この短編集は最近、邦訳書が出版されましたので、それをご紹介しましょう。
『マダム・サラ ストランドの魔法使い』の詳細データ
『マダム・サラ』
The Sorceress of the Strand
『マダム・サラ ストランドの魔法使い』L・T・ミード(英1903年)
6編収録(連作形式)、全編邦訳。
活躍するクリミナル:マダム・サラ
- Madame Sara 「マダム・サラ」
- The Blood-Red Cross 「血の十字架」
- The Face of the Abbot 「修道院長の顔」
- The Talk of the Town 「ロンドンで評判の話」
- The Bloodstone 「血の石」
- The Teeth of the Wolf 「オオカミの牙」
入手容易な邦訳
『マダム・サラ ストランドの魔法使い』平山雄一 訳(ヒラヤマ探偵文庫)に、全編収録。
【電子書籍】なし。
マダム・サラは年齢不詳で、ロンドンの中心街ストランドで美容専門医を開業しており、不思議な美容術で上流階級の女性達を虜にしていく一方で、世界中を股にかけて悪事を働く企む犯罪者です。
そんな彼女の悪行を、警察医ヴァンデルーアと友人のディクソン・ドルースが暴いていくというスタイルは、『七王連盟』とも共通するものがありますが、こちらの作品でもさまざまな奇想天外なトリックが行われ、負けず劣らずのバカミスっぷりを堪能できます。(褒め言葉です。)
濫読者の羅針盤 @ ウィキによれば、最初のクイーンの定員リストでは、マダム・コルチーではなくマダム・サラがエントリーされていたようです。
クイーンの定員は「歴史的重要性」を重んじて、先に出版された短編集を優先する傾向があるので(要検証)、最終的にマダム・コルチーが選ばれたのでしょう。
翻訳は、1902年から<ストランド・マガジン>で連載されたときのゴードン・ブラウンによるイラストをすべて収録して、2020年にヒラヤマ探偵文庫から刊行されました。本邦初訳です。
ヒラヤマ探偵文庫の購入方法は、こちらの記事をご参照ください。
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定員No. 5:デュパンが探偵小説のアダムなら、イヴは誰?;『パスカル夫人の秘密』
以前の記事で、エドガー・アラン・ポーが1841年に世界で最初の探偵小説「モルグ街の殺人」を書き、小説に登場する探偵すべてのアダム(つまり、小説上の最初の男性探偵)というべきC・オーギュスト・デュパンを ...
ミードとユースタスの合作作品をもう一つご紹介しておきましょう。
『ミス・キューザックの推理』の詳細データ
ミス・キューザックの推理
The Detections of Miss Cusack
『ミス・キューザックの推理』L・T・ミード&ロバート・ユースタス(加1998年)
6編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:ミス・キューザック
- Mr. Bovey's Unexpected Will 「ボヴァリー氏の思いがけない遺言状」
- The Arrest of Captain Vandaleur 「ヴァンデルーアの逮捕」
- A Terrible Railway Ride 「恐ろしい鉄道旅行」
- The Outside Ledge 「外側の棚」
- Mrs. Reid's Terror 「リード夫人の恐怖」
- The Great Pink Pearl 「巨大なピンクの真珠」
入手容易な邦訳
『ミス・キューザックの推理』平山雄一 訳(ヒラヤマ探偵文庫)に、全編収録。(Kindleのみ)
【電子書籍】全編、Amazon Kindleで読める。
ミス・キューザック・シリーズは、<ハマースミス・マガジン>に1899年〜1901年に連載されたものですが、シリーズが完結することなく終わったようです。
その後、1998年にカナダのThe Battered Silicon Dispatch Boxが初めて単行本にまとめました。
邦訳は、2016年にヒラヤマ探偵文庫より電子書籍(Amazon Kindle)で刊行されています。
後半の作品になるにつれて、ワトソン役の男性医師ロンスデールがどんどん活躍するようになり、ミス・キューザックの影が薄くなっていきます。
訳者解説で平山さんが書かれていましたが、作者のミードは悪女を生き生きと描写する一方、女性が探偵役となると、あまり個性を発揮できないのかもしれません。
『七王連盟』や『マダム・サラ』と読み比べるのも一興でしょう。
終わりに
ミステリ史上初の(職業的)女性犯罪者の活躍を描き出した、クイーンの定員No. 27"The Brotherhood of the Seven Kings"は、まとまった邦訳書はありませんが、「ヴェヌスのPDF図書館」にて『七王連盟』というタイトルの全訳PDFを無料で読めます。
(それらのPDFは、SideBooksというアプリを使うことにより、電子書籍のように読めます。)
また、初出誌に掲載された『七王連盟』の挿絵は、シドニー・パジェット(Sidney Paget)の挿絵の世界で閲覧できます。
著者の一人であるL・T・ミードはその後、マダム・コルチーをさらに過激にした女性犯罪者を描きました。
それらをまとめた短編集は『マダム・サラ』というタイトルで、ヒラヤマ探偵文庫より邦訳が刊行されています。
この記事の参考文献・参考図書・参考サイト
The Miss Florence Cusack Mysteries|LibriVox - free public domain audiobooks
ミス・キューザックの推理|「ミステリの祭典」ミステリの採点&書評サイト