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定員No. 5:デュパンが探偵小説のアダムなら、イヴは誰?;『パスカル夫人の秘密』

2019年8月6日

Arek SochaによるPixabayからの画像

以前の記事で、エドガー・アラン・ポーが1841年に世界で最初の探偵小説「モルグ街の殺人」を書き、小説に登場する探偵すべてのアダム(つまり、小説上の最初の男性探偵)というべきC・オーギュスト・デュパンを生み出したことを記しました。

定員No. 1:「探偵小説の父」が紡ぐ12の『物語』とミステリー

今回の記事は、本格ミステリの生みの親であり、「探偵小説の父」、「推理小説の父」とも呼ばれるエドガー・アラン・ポーの短編集を取り上げます。(なお、「探偵小説の母」については、こちらの記事をご参照ください ...

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では、デュパンがアダムなら、イヴは誰でしょうか?
…ということで、エラリー・クイーンは、世界で最初の(小説上の)女性探偵は以下の作品に登場するパスカル夫人にまちがいないと長年信じていました。
今回の記事は、パスカル夫人と最初期の女性探偵についてご紹介します。

作品の詳細データ

クイーンの定員No. 5

The Experiences of a Lady Detective
匿名(英1861年)ーHR

収録作品不明。
活躍する探偵:パスカル夫人

入手容易な邦訳

なし。


【電子書籍】なし。

『ある女刑事の経験』とか『婦人探偵の体験』などと題名が訳されている本作ですが、エラリー・クイーン(フレデリック・ダネイ)でさえ1861年の初版本を見つけることはできませんでした。
クイーンの定員No. 5に選ばれてはいるものの、詳細は不明でした。

クイーンが見つけたのは"Revelations of a Lady Detective"

直訳すると『婦人探偵の告発』と訳される本は、1864年の初版で題名も違うため、クイーンは、

これはシリーズ第2作目だろう。

と思ったようです。
ところが、その後『婦人探偵の告発』の再販を見つけたクイーンは、表紙と背に『〜の告発』と題名が書かれているのに、タイトル・ページには『〜の体験』と書かれているのに気づくのです!

こんなことがあり得るだろうか。

事の詳細は、参考文献に挙げた『クイーン談話室』を読んでもらうこととして、要するにクイーンが最初に参考にした探偵小説のカタログが間違っていて、

1861年版は存在せず、パスカル夫人の初登場は"Revelations of a Lady Detective"という1864年の本

だったのです。
ところで、この事実が分かった後もクイーンは<定員No. 5>を訂正しなかったのですが、実質的には"Revelations of a Lady Detective"が<定員No. 5>であると言えそうです。
この1864年の本は、2013年に英国で復刻したのですが、その翻訳本が(私家版ではありますが)日本でも購入できます。
そこで、以下ではこの作品の詳細データを記載します。

クイーン談話室 国書刊行会

(再度)作品の詳細データ

クイーンの定員No. 5

Revelations of a Lady Detective
『パスカル夫人の秘密』匿名(=ウィリアム・スティーヴンス・ヘイワード)(英1864年)

10編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:パスカル夫人

  • The Mysterious Countess 「謎の伯爵夫人」
  • The Secret Band 「秘密結社」
  • The Lost Diamonds 「ダイヤモンド盗難事件」
  • Stolen Letters「盗まれた手紙」
  • The Nun, the Will, and the Abbess 「修道女・遺言状・女子修道院」
  • Which Is the Heir? 「どちらが相続人?」
  • Found Drowned 「溺死」
  • Fifty Pounds Reward「五十ポンドの賞金」
  • Mistaken Identity 「人違い」
  • Incognita 「匿名の女」

入手容易な邦訳

『パスカル夫人の秘密』平山雄一 訳(ヒラヤマ探偵文庫)に、全編収録。


【電子書籍】なし。

プロの女性刑事の登場

40歳になろうとしたパスカル夫人。
彼女の夫が突然亡くなって貧乏になったところに、ロンドン警視庁刑事課長のワーナー大佐が、彼女を初めて女性刑事として採用し、パスカル夫人は奇妙で興奮する謎めいた仕事に乗り出すことになるのです。
パスカル夫人はプロの女性探偵・女性刑事となるのですが、『パスカル夫人の秘密』訳者解説によれば、実際のスコットランド・ヤードで女性警察官が実現したのは20世紀になってからだそうです。
シャーロック・ホームズ物語が発表されるおよそ20年前の1864年に、小説上では女性刑事が活躍していたわけです。

パスカル夫人の一人称で語られるこの短編集の作者は匿名ですが、研究成果からウィリアム・スティーヴンス・ヘイワード(1835~1870)という作家であろうと推定されています。

「ヒラヤマ探偵文庫」とは

ここで、「ヒラヤマ探偵文庫」について簡単にご紹介します。
これはいわゆる商業出版ではなく、訳者の平山雄一さんが最初は電子書籍で、最近は新書判の紙書籍で出版されている作品です。
平山さんは、このブログ・カテゴリーでも取り上げた『隅の老人【完全版】』『思考機械【完全版】』の翻訳を始め、普通の出版社からも多くの翻訳作品を出されており、それらのいくつかは「クイーンの定員」にも選ばれているので、そのうちこのブログでもご紹介できると思います。

定員No. 41:最も有名な「シャーロック・ホームズのライヴァル」のひとり;『隅の老人』

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定員No. 38:世界に先駆けた【完全版】全集で全貌が明らかに;『思考機械』

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一方、ヒラヤマ探偵文庫では古典探偵小説の中でもややマニアックな作品を中心に出版されているようです。
電子出版されているヒラヤマ探偵文庫については、こちらのページに記載があります。

Facebookページはこちら。

『パスカル夫人の秘密』を購入するには

『パスカル夫人の秘密』は2019年5月に紙書籍で出版されました。
購入方法としては、文学フリマやコミックマーケットなどで直販されている場合があるので、それで購入するのが一つの手段です。
ただ、私のように都会から離れたところに住んでいると、なかなかそういう機会を作るのが難しく、また、『パスカル夫人の秘密』が毎回直販されているとは限りません。
そういう人たちのために、以下の購入方法があります。

書肆盛林堂で購入する

古本屋さんの盛林堂書房の出版部門である書肆盛林堂では、紙書籍で出版されたヒラヤマ探偵文庫の作品も販売されています。
来店受取のほかに郵送受取も選べます。その場合の支払方法は、送料も加えて銀行振込あるいは郵便為替です。
土・日・月曜日は発送を行えないようなので、この間に注文した場合は翌火曜日以降の発送になるようです。

BOOTHで購入する

イラストコミュニケーションサービスのpixiv(ピクシブ)のIDを持っていれば、pixivと連携しているBOOTH(ブース)で買い物ができます。
ヒラヤマ探偵文庫の紙書籍はBOOTHでも販売されています。
私は、BOOTHでヒラヤマ探偵文庫を購入したことはありませんが、BOOTHはクレジットカード決済など決済手段が豊富だという利点があります。

蛇足ながら、私はBOOTHでRe-ClaM編集部もフォローしています。
クラシックミステリにご興味のある方は、こちらで同人誌Re-ClaM 第1号〜第6号の電子版が購入できるので、チェックしてみるのも良いかもしれません。
(第1号では、平山雄一さんが「ヒラヤマ探偵文庫」について寄稿されています。)

電子版が購入できるRe-ClaM Vol.6:シャーロック・ホームズのライヴァルたちの帰還

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Amazonで購入する(?)

いくつかの書籍は、刊行後しばらくしたらAmazonでも購入できるようです。

…と記しましたが、2021年現在、Amazonでの取扱いはなくなったようです。

ヒラヤマ探偵文庫を購入する際の注意点

書肆盛林堂やBOOTH以外の書店やサイトでも購入できるところがあるようですが、いずれにしろ、一時的に在庫切れを起こしている場合があります
また、いつまでも販売されるという保証はないので、興味を抱いたら早めに購入されることをお勧めします

パスカル夫人より先んじた最初の女性刑事・G

パスカル夫人の物語が最初に発表されたのは、1861年ではなく1864年だと記しました。
実は、この3年の差が重要で、エラリー・クイーンは1864年にアンドリュー・フォレスター・ジュニアというペンネームの作家が書いた"The Female Detective"、つまり『女性探偵』という題名の短編集を確認します。
『パスカル夫人の秘密』"The Female Detective"、どちらが先に出版されたかどうかについては、議論の余地がなくはないものの、一般的には"The Female Detective"の方が先であると言われています。
そして、"The Female Detective"においてもプロの女性刑事が登場します。
名前は、

私が何者かですって? そんなこと、どうでも良いことではありませんか。

実は、"The Female Detective"冒頭の'Introduction'「緒言」と、続く'Tenant for Life'「終身管財人」の翻訳は、Amazon Kindleで購入できる『女密偵G』という作品で読めます。
翻訳は牟野素人さん。
先述したように、1864年において女性刑事・女性警察官は現実には存在しなかったので、ここではDetectiveを「密偵」とした、と訳者あとがきにあります。
この作品も密偵Gの一人称で語られます。そして、時折「ミス・グラッデン」と自分のことを呼び、「婦人服及び帽子のお針子であり、一日単位、あるいは一週間単位で仕事をしている」と装っています。

クイーンがこの最初の女性探偵にどれだけ魅了されたか、については、『クイーン談話室』をご参考下さい。
また、"The Female Detective"の他の収録作品については、下記参考文献に掲載したSparrow & Doveというサイトにも記されています。


女密偵G Kindleストア

2020年から季刊で出版されている英国の雑誌、<Sherlock Holmes Magazine>の第3号(Winter 2020/21)には、"Female Detectives of Victorian London"という記事が掲載されています。
フィクションの女性探偵についても少し触れられており、密偵Gやパスカル夫人についての記載もありました。

最初のアマチュア女性探偵は?

パスカル夫人にしろ、密偵Gにしろ、どちらもプロの女性探偵です。
ただ、探偵小説のアダムであるデュパンはアマチュアですから、探偵小説のイヴを検討する際にはプロ・アマを問わずに考える必要はありそうです。
以前の記事で、ウィルキー・コリンズの「アン・ロッドウェイの日記」が、最初の女性探偵が登場する作品ではないか、と記しました。
この短編が最初に発表されたのは1856年です。

定員No. 3:抜群のストーリーテラーであるウィルキー・コリンズの『ハートの女王』

以前の記事で、「クイーンの定員」の最初の短編集をご紹介しました。 これからしばらくは、最近リニューアルされた『世界推理短編傑作集1〜5』(江戸川乱歩 編;創元推理文庫)の作品配列に従いながら、2019 ...

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長編小説も眺めてみると、ヒラヤマ探偵文庫の『パスカル夫人の秘密』訳者解説によれば、キャサリン・クロウという作家の書いた"Susan Hopely, or The Adventures of a Maid-Servant"という、メイドのスーザン・ホープリーがさまざまな事件に出会う作品があるようようです。
この長編の発表が1842年。デュパンが登場して1年後です。

この作品、2020年に『スーザン・ホープリー』というタイトルで、ヒラヤマ探偵文庫より刊行されました。二段組みで480ページの大著です。

なお、探偵小説上の最初の(職業的)女性犯罪者については、こちらをご参照ください。

定員No. 27:秘密結社『七王国』の女性首魁マダム・コルチー(そして『マダム・サラ』へ)

以前、こちらの記事にてミステリ史上最初の女性探偵を紹介しました。 では、ミステリ史上最初の(職業的)女性犯罪者は誰になるでしょうか? それは、L・T・ミード女史が医学者であるロバート・ユースタスと合作 ...

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終わりに;参考文献

クイーンの定員No. 5は、実質的には1864年に発表された『パスカル夫人の秘密』です。
実際の登場が3年遅かったということもあって、最初の女性探偵という座こそ他の探偵に譲った形ですが、プロの女性刑事が活躍する最初期の作品であることには変わりありません。
なお、この作品の書評については、以下の参考サイトもご参照ください。

この記事の参考文献・参考図書・参考サイト

エラリー・クイーン 著・谷口年史 訳, クイーン談話室(国書刊行会)

FORGOTTEN BOOK: REVELATIONS OF A LADY DETECTIVEJerry's House of Everything

“The Female Detective” by Andrew ForresterSparrow & Dove

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