長編『誰の死体?』(1923年)で登場した博識の富豪貴族、ピーター・ウィムジー卿。
彼を生んだ作者ドロシー・L・セイヤーズは、欧米などの海外ではアガサ・クリスティーとも並び称されている、英国黄金時代の女性作家です。
ピーター卿が活躍する第一短編集は「クイーンの定員」に選ばれていますが、2021年末にこの短編集に準じた邦訳書が初めて訳出されました。
ここでは、その短編集をご紹介するとともに、セイヤーズが生んだもう一人の探偵、モンタギュー・エッグ氏やノンシリーズ物についても簡単に触れたいと思います。
作品の詳細データ
クイーンの定員No. 76
Lord Peter Views the Body
『ピーター卿の遺体検分記』ドロシー・L・セイヤーズ(英1928年)ーHQS
12編収録、全編邦訳。
活躍する探偵:ピーター・デス・ブリードン・ウィムジー卿(ウィムジイ卿)
- The Abominable History of the Man with Copper Fingers 「銅の指を持つ男の忌まわしき物語(ヒストリー)」(「銅の指を持つ男の悲惨な話」)
- The Entertaining Episode of the Article in Question 「口吻(こうふん)をめぐる興奮の奇譚」
- The Fascinating Problem of Uncle Meleager's Will 「メリエイガー伯父の遺書をめぐる魅惑の難題」(「因業じじいの遺書」)
- The Fantastic Horror of the Cat in the Bag 「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」
- The Unprincipled Affair of the Practical Joker 「面皮を剝ぐ婆(ジョーカー)にまつわる理屈無視の逸話」(「ジョーカーの使い道」)
- The Undignified Melodrama of the Bone of Contention 「不和の種をめぐる卑しき泣き笑い劇」(「不和の種、小さな村のメロドラマ」)
- The Vindictive Story of the Footsteps That Ran 「逃げる足音が絡んだ恨み話」
- The Bibulous Business of a Matter of Taste 「嗜好の問題をめぐる酒飲み相手の一件」(「趣味の問題」)
- The Learned Adventure of the Dragon's Head 「竜頭に関する学術探究譚」(「竜頭の秘密の学究的解明」)
- The Piscatorial Farce of the Stolen Stomach 「盗まれた胃袋をめぐる釣り人の一口噺」(「盗まれた胃袋」)
- The Unsolved Puzzle of the Man with No Face 「顔なき男をめぐる解けない謎」(「顔のない男」)
- The Adventurous Exploit of the Cave of Ali Baba 「アリババの呪文」
入手容易な邦訳
『ピーター卿の遺体検分記』井伊順彦 訳(論創社)に、11編収録。
『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』井伊順彦 訳(論創社)に、1編収録。
『ピーター卿の事件簿』宇野利泰 訳(創元推理文庫)に、3編収録。
『ピーター卿の事件簿Ⅱ/顔のない男』宮脇孝雄 訳(創元推理文庫)に、4編収録。(ただし品切れ中)
【電子書籍】3編は『ピーター卿の事件簿』宇野利泰 訳(創元推理文庫)で読める。
1編は『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』井伊順彦 訳(論創社)で読める。
1編は『暗号ミステリ傑作選(2)』レイモンド・T・ポスト編、宇野利泰 訳(グーテンベルク21)で読める。
1編は『疑惑・アリババの呪文』河野一郎 訳(グーテンベルク21)で読める。
セイヤーズお気に入りの名探偵ピーター卿
「ミス・セイヤーズは犯罪小説に文学的香りを漂わせることにかけて、同時代の誰よりも大きな寄与を果たした。最高度の慎重さで探偵小説と正統な風俗小説を合体させようと試みたことは、彼女の優れた功績と言えるだろう」(クイーン)
『クイーンの定員Ⅱ』光文社文庫 解説(各務三郎)より抜粋
そんな彼女のお気に入りの名探偵ピーター・ウィムジー卿。
(創元推理文庫では、彼が活躍する長編のほとんどを翻訳された浅羽莢子さんの翻訳もあって、「ピーター・ウィムジイ卿」に統一され、こちらに馴染みがあるのですが、ここでは「ウィムジー卿」と記します。)
彼の活躍する長編は、以下の通りです。
ピーター卿シリーズの長編
- Whose Body?(1923年)『誰の死体?』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Clouds of Witness(1926年)『雲なす証言』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Unnatural Death(1927年)『不自然な死』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- The Unpleasantness at the Bellona Club(1928年)『ベローナ・クラブの不愉快な事件』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Strong Poison(1930年)『毒を食らわば』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- The Five Red Herrings(1931年)『五匹の赤い鰊』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Have His Carcase(1932年)『死体をどうぞ』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Murder Must Advertise(1933年)『殺人は広告する』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- The Nine Tailors(1934年)『ナイン・テイラーズ』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Gaudy Night(1935年)『学寮祭の夜』浅羽莢子 訳(創元推理文庫)
- Busman's Honeymoon(1937年)『大忙しの蜜月旅行』猪俣美江子 訳(創元推理文庫)
[その他の翻訳]『忙しい蜜月旅行』深井淳 訳(ハヤカワ・ミステリ)
[その他の翻訳]『忙しい蜜月旅行』松下祥子 訳(ハヤカワ文庫)
邦訳については他にもいくつかあり、それらは論創社の『ピーター卿の遺体検分記』解説にて塚田よしとさんがリストアップされているので、そちらをご参考下さい。
ただ、『大忙しの蜜月旅行』については誤植があったのと、ハヤカワ文庫の松下祥子さんの2005年の翻訳が抜けていたので、上に追記しました。
この作品については早川書房が独占翻訳権を持っていたので、創元推理文庫から刊行されたのは2020年と記憶に新しいところ。
セイヤーズの長編には前期と後期とで、かなりタッチのちがいが見られ、
シリーズが進むにつれて、イギリス貴族随一の資産を持つデンヴァー公爵家の次男として生まれたピーター卿の性格も、稀覯本の蒐集を趣味とし、ワインや美食を楽しむディレッタント的な貴族探偵から、ひとりの女性を愛し、ときには大いに悩み苦しむ、人間味のある探偵へと成長してゆく。
森英俊『世界ミステリ作家事典[本格派篇]』(国書刊行会)より
その「ひとりの女性」、探偵小説家のハリエット・ヴェインが初登場するのは、長編5作目の『毒を食らわば』ですが、この記事で紹介する短編集『ピーター卿の遺体検分記』は刊行年が1928年、すなわち、彼女を知る前のピーター卿の事件簿が収められています。
なお、セイヤーズは生前、『大忙しの蜜月旅行』に続く長編を準備していました。
1936年末から翌年にかけて書かれたセイヤーズの未完遺稿を、ジル・ペイトン・ウォルシュが補筆して完成させた"Thrones, Dominations"が、それです。
この長編も20年くらい前は、創元推理文庫から翻訳出版されるのでは…と噂されていたのですが、浅羽莢子さんが2006年に亡くなられたこともあって、立ち消えになったようです。
ただ、今後の可能性はあるかもしれません。
ところで、20年くらい前と言えば…。
幻の創元推理文庫『ピーター卿の事件簿Ⅲ』
以前の記事で少し触れたように、創元推理文庫の短編集『ピーター卿の事件簿』は1979年に《シャーロック・ホームズのライヴァルたち》シリーズの中の1冊として刊行されました。
その後、ピーター卿シリーズの長編翻訳が進み、2001年に短編集『ピーター卿の事件簿Ⅱ/顔のない男』が刊行されたとき、その解説(真田啓介さんが記されています)の冒頭には、このようにありました。
残りの作品もいずれ『事件簿Ⅲ』としてまとめられる予定なので、三冊からなるピーター卿短篇全集の第二巻という位置づけになる。
ピーター卿の登場する短編の残りの作品は、この時点で雑誌等には翻訳掲載されていたので、『事件簿Ⅲ』が出版されるのも間近だと思っていました。
ところが、いろいろな事情があったのでしょう。
待てど暮らせど『事件簿Ⅲ』は刊行されず、そのうち、1990年〜2000年にかけて進んできたもう一人の〈ミステリの女王〉セイヤーズの完全紹介も滞ることとなり、江戸川乱歩が評価した『ナイン・テイラーズ』以外の、先に紹介したピーター卿の長編シリーズも品切れが目立つようになってきました。
2022年2月現在、『事件簿Ⅲ』が創元推理文庫から出る気配はありませんが、2017年に創元推理文庫の『ピーター卿の事件簿』が新版・新カバーでリニューアルされ、2020年に先述の『大忙しの蜜月旅行』の新訳版が刊行、そして、2020年、2021年と創元推理文庫の復刊フェアで、『誰の死体?』、『毒を食らわば』がそれぞれ復刊しました。
そして、2020年に論創社から、英国の〈ドロシー・L・セイヤーズ協会〉お墨付きの短編集『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』が刊行されました。
その「訳者あとがき」の最後に、
酒造会社の訪問販売員の次は、風変わりな青年貴族を主人公とする短篇作品集を訳出すべく、すでに準備を始めている。
とあり、翌年の2021年末に同じく〈ドロシー・L・セイヤーズ協会〉事務局長であるジャスミン・シメオネさんの推薦文つきで刊行されたのが、『ピーター卿の遺体検分記』です。
「初期」ピーター卿の活躍が楽しめるバラエティ豊かな短編集
先にも少し触れましたが、ピーター卿の活躍する短編はほとんど翻訳されており、『ピーター卿の遺体検分記』に収録されている短編もすべて既訳が存在します。
ただ、一部の邦訳作品は雑誌掲載のみであったりしたので、今回、単行本の形でまとまったのは意義があります。
それだけではありません。
本短編集に収められている作品の原題を見ると、タイトルが「凝っている」ことが分かりますが、今までの邦訳の題名の中には、あっさりしていて意味の深みが分かりにくいものもありました。
今回の井伊順彦さんの新訳では、原文に沿った邦題になっている他、本文の訳出においても、「安易な直訳には陥らないよう心がけるのはむろんながら、いたずらに文飾を崩さず、原語(句)の意味の幅や深みに目を配りつつ原文の構造をなるべく生かすよう努め」られており、さらに、「ピーター卿の言葉遣いには少しばかり“浅羽色”も取り入れつつ、『ウィムジイ』は『ウィムジー』へ、主人に呼びかけるときにバンターが口にする『御前』は『殿』へ、それぞれ衣替えしたのをはじめ、細かいところで独自色を出すべく心がけ」られたそうです。(以上、「訳者あとがき」より。)
最初の短編「銅の指を持つ男の忌まわしき物語(ヒストリー)」は、なかなかおどろおどろしい異様な物語。
「口吻(こうふん)をめぐる興奮の奇譚」は、邦題もいいですね。この短編は、『クイーンの定員Ⅱ』(光文社文庫)には「文法の問題」(宇野利泰 訳)というタイトルで収録されていますが、これは多少ネタバレ気味の題名。
「メリエイガー伯父の遺書をめぐる魅惑の難題」は、謎自体は特に外国人にとってはまさに「難題」ですが、従者バンターの飄々たる言動が楽しめる一作。
「瓢箪から出た駒をめぐる途方もなき怪談」は、原題にもCat in the Bagとあるし、かつて「鞄の中の猫」(関桂子 訳)というタイトルで邦訳されていますが、作中には猫は一匹も出てきません(!)。「意外な代物」という意味を表すことがあるようで、オートバイの追跡劇から始まる本作から何が出てくるのかはお楽しみ。
「面皮を剝ぐ婆(ジョーカー)にまつわる理屈無視の逸話」は、ピーター卿がトランプゲームを利用して「ある」ことをするのですが、その「理屈無視」な展開が意味深長な問題作。
「不和の種をめぐる卑しき泣き笑い劇」は、本書の中では最も長く、ほぼ中編といえる作品。首のない馬と頭のない御者によって走る馬車が登場する幽霊話としての妙味も強い佳編です。
「逃げる足音が絡んだ恨み話」は、正統派の謎解き作品。
「嗜好の問題をめぐる酒飲み相手の一件」。創元推理文庫には「趣味の問題」というタイトルで収録されていますが、この作品はかつて「二人のウィムジイ卿」などの題名で翻訳されていることから分かるように、ピーター卿を名乗る二人の人物が登場します。ワインの利き酒でテストが行われるのですが…。
「竜頭に関する学術探究譚」は、レイモンド・T・ボンド編『暗号ミステリ傑作選』(創元推理文庫)にも「竜頭の秘密の学術的解明」という題名で収録されている一作。ピーター卿の10歳になる甥セント・ジョージ子爵(愛称ガーキンズ)が登場しますが、彼はその後『学寮祭の夜』で成長した姿を見せてくれ、感無量です。
「盗まれた胃袋をめぐる釣り人の一口噺」は、ぜひとも新訳で読んでほしい一編です。
「顔なき男をめぐる解けない謎」は、まさに「解けない謎」。問題作であり、すぐれた短編です。
「アリババの呪文」はネットでも無料で試訳が読める
2021年に出版された論創社の『ピーター卿の遺体検分記』には、この短編集の掉尾を飾る「アリババの呪文」が収録されていません。
それは、同じく論創社から2020年に出版された『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』に収められているからです。
ピーター卿の死亡記事という衝撃的な冒頭から、まるでアガサ・クリスティーが描きそうな秘密結社が登場し、最後まで楽しませてくれる痛快な作品です。
この「アリババの呪文」も戦前には既に翻訳されていましたが、一時期なかなか邦訳が稀少だった時代がありました。
1960年に中央公論社から刊行された『世界推理名作全集』の第8巻に「アリババの呪文」が収録され(河野一郎 訳)、その翻訳は2005年に嶋中文庫から出たグレート・ミステリーズ12『伯母殺人事件・疑惑』にも収録されましたが、嶋中書店も間もなく倒産してしまいました。
だから、『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』に収録された井伊順彦さん翻訳の「アリババの呪文」は久しぶりの新訳です。
ただ、これを翻訳された時点では『ピーター卿の遺体検分記』を翻訳される予定はまだ立っていなかったようで、ピーター・「ウィムジイ」卿であり、また題名もあっさりしています。
原題を直訳するならば、「アリババの洞窟における冒険的偉業」とでもなるでしょうか…。
…と思っていたら、のはらゆうこさんのブログ「はなしのかんづめ」に、「アリババの洞窟」の試訳が掲載されていました。
「はなしのかんづめ」にはピーター卿シリーズの最後の短編'Talbays'の試訳が10年ほど前から掲載されており、その頃から注目していましたが、「アリババの洞窟」も全訳されていたのですね!
(なお、'Talbays'はその後、創元推理文庫の『大忙しの蜜月旅行』に、「〈トールボーイズ〉余話」(猪俣美江子 訳)というタイトルで併録されました。)
http://createit.blog.fc2.com/blog-entry-3.html
電子書籍情報
残念ながら論創社の『ピーター卿の遺体検分記』は電子書籍化されていませんが、『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』は電子書籍化されているので、もしかすると『ピーター卿の遺体検分記』も電子化されるかもしれません。
ともあれ、「アリババの呪文」は電子書籍で読めます。
グーテンベルク21も『疑惑・アリババの呪文』というタイトルで河野一郎さん翻訳の電子書籍を出している他、『暗号ミステリ傑作選』も2分冊で電子化しているので、第2巻に収められている「竜頭の秘密の学術的解明」が読めるようです。
また、創元推理文庫の『ピーター卿の事件簿』は電子書籍化されているので(品切れ中の『事件簿Ⅱ』は電子化されていませんが)、3編が電子書籍で読めます。
未発表だったピーター卿短編が2019年に世に出る
ピーター卿が活躍する短編は、セイヤーズの第2短編集"Hangman's Holiday"(1933年)に4作、第3短編集"In the Teeth of the Evidence and Other Stories"(1939年)に2作、作者の死後に第1〜3短編集に未収録だったピーター卿の短編をまとめた"Striding Folly"(1972年)に3作あります。
これらのほとんどは、創元推理文庫の『ピーター卿の事件簿』、『ピーター卿の事件簿Ⅱ/顔のない男』に収められており、前述のように「〈トールボーイズ〉余話」は『大忙しの蜜月旅行』に併録。
そして、第2短編集に収録の'The Necklace of Pearls'は「真珠の首飾り」というタイトルで、アイザック・アシモフ 他編『クリスマス12のミステリー』(池央耿 訳、新潮文庫)に収められています。この文庫本は現在品切れ中ですが、入手はそんなに難しくはないでしょう。
これで、ピーター卿の活躍する短編は全部読める!
…と思ったのですが。
『ピーター卿の遺体検分記』の塚田よしとさんの解説によれば、最近、未発表の短編'The Locked Room'が世に出たそうです。
詳しくは、塚田さんの解説をご参照いただければと思います。
一方、「訳者あとがき」によれば、論創海外ミステリにおけるセイヤーズ作品の刊行は今後も続くようで、この作品が翻訳されるかどうかは分かりませんが、楽しみです。
ここからは、セイヤーズが創造したもう一人の名探偵、モンタギュー・エッグ氏、及びノンシリーズ物について簡単に触れたいと思います。
セイヤーズが創造したもう一人の名探偵、モンタギュー・エッグ氏
論創海外ミステリ『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』も英国セイヤーズ協会推薦
2020年に論創海外ミステリから『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』が刊行されると伺ったとき、モンタギュー・エッグ氏の活躍する全11編の作品(エッグ氏は短編のみに登場)が収録されるものとばかり思っていましたが、いざ刊行されると、モンタギュー・エッグ物は6作で、あとはピーター卿物の「アリババの呪文」、そしてノンシリーズ物6作という構成でした。
(でも、後述するようにセイヤーズのノンシリーズ物もなかなか面白いですよ。)
プラメット&ローズ酒造(ワインズ・アンド・スピリッツ)ピカデリーの訪問販売員であるモンタギュー・エッグ氏(愛称モンティ)。『販売員必携』を金科玉条のように扱う、ユーモラスな人物ですが、本書収録の6作を読んで一言。
モンティ、君は名探偵コナン君かw
セールスマンなのに殺人事件の現場に居合わせる確率が高い上に、容疑者として疑われてもおかしくない状態もしばしば。
(幸い、その探偵能力から、警察には一目置かれているようだけれど。)
いずれも20ページ弱の小品で気軽に読めます。
モンタギュー・エッグ氏の活躍は無料で試訳が読めるものも
論創社『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』に収録されていない5作品のうち、'Murder in the Morning'「朝の殺人」、'One Too Many'「一人だけ多すぎる」は、風濤社『英国モダニズム短篇集 自分の同類を愛した男』に、'Bitter Armonds'「ビターアーモンド」は、風濤社『英国モダニズム短篇集2 世を騒がす嘘つき男』に、それぞれ収録されています(いずれも、中勢津子 訳)。
これらの短編集は、論創社『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』を訳された井伊順彦さんが編集されたもので、『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』の解説にも簡単に触れられています。
このうち、「朝の殺人」と「ビターアーモンド」は、それぞれ「午前の殺人」、「苦いアーモンド」というタイトルで、海外クラシックミステリの評論同人誌「Re-ClaM」のnoteにて、試訳が無料で読めます(いずれも、三門優祐 訳)。
(「午前の殺人」については、別冊のRe-ClaM eX vol.1にも収録されましたが、売り切れです。)
https://note.com/reclamedit/n/n42324fbe2e05
https://note.com/reclamedit/n/n593caa3fc1ae
Re-ClaMについては、拙サイトのこちらの記事もご参照ください。
セイヤーズの短編はノンシリーズ物も面白い
論創海外ミステリ『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』に収録されたノンシリーズ物は6作ありますが(うち、本邦初訳2編)、いずれも読みごたえ十分です。
悲劇なのか喜劇なのかは実際に読んで確認してもらうことにして、個人的に好きだったのは'The Milk Bottles'「牛乳瓶」、'Dilemma'「板ばさみ」、'An Arrow o'er the House'「屋根を越えた矢」、'The Inspiration of Mr. Budd'「バッド氏の霊感」。
また、この短編集には収められていませんが、セイヤーズの第3短編集に収録された'Suspicion'「疑惑」は、古今東西のアンソロジーにも収められ、エラリー・クイーンのアンソロジー"101 Years' Entertainment: The Great Detective Stories, 1841-1941"にも収録されている、クライム・ストーリーの傑作です。
日本では、江戸川乱歩 編『世界推理短編傑作集4』(創元推理文庫)に収められている他、電子書籍も前述の『疑惑・アリババの呪文』(グーテンベルク21)で読めます。
終わりに
クイーンの定員No. 76『ピーター卿の遺体検分記』は、もう一人の〈ミステリの女王〉とも呼ばれるドロシー・L・セイヤーズの生み出した貴族探偵、ピーター・ウィムジー卿が活躍する第1短編集です。
2021年に刊行された論創海外ミステリ277『ピーター卿の遺体検分記』には、12編中11編が新訳で収められており、残りの1編も論創海外ミステリ258『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』に新訳で収録されています。
1990年代に翻訳が進んだピーター卿の活躍譚も、最近は品切れが目立っていましたが、この数年はいくつか復刊したり、新訳版が刊行されたりするなど、セイヤーズ諸作の完全紹介も「再起動」し始めているようです。
少なくとも「論創海外ミステリ」におけるセイヤーズの作品の刊行は今後も続くようなので、期待していましょう。
この記事の参考文献・参考図書
- 小森収 編,『短編ミステリの二百年2』(創元推理文庫)
- 大矢博子, HMM BOOK REVIEW 〈今月の書評〉海外レビュー『ピーター卿の遺体検分記』, 『ハヤカワミステリマガジン2022年3月号(第67巻第2号)』(早川書房)p.195