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「構想15年」は伊達ではない!ー『カササギ殺人事件(下)』

投稿日:2018年10月19日 更新日:

構想15年、ミステリ界のトップ・ランナーによる圧倒的な傑作登場!
(下巻オビより抜粋)

近年これほど「ここは原文では一体どうなっているのかを確認したい」と思ったミステリも珍しい。—— 千街晶之氏
いや、すでに評判なので、これ以上、語るまでもないでしょう。—— 吉野仁氏
二面性があって、かつ、最後で壮麗にまとまってくれるミステリ、待ってました。—— 酒井貞道氏

書評七福神の九月度ベスト!翻訳ミステリー大賞シンジケート

注意ポイント

このブログ記事では、皆さんが、
アンソニー・ホロヴィッツ『カササギ殺人事件』Magpie Murders
上巻・下巻を既に読んでいるという前提で書いていきます。
まだ、本書を読んでいないけれどこの作品に興味のある方は、拙ブログ記事
【ネタバレなし】この本はあなたの人生を変える? ー『カササギ殺人事件(上)』別ブログに移動します)
に、作者アンソニー・ホロヴィッツに関することや上巻のあらましを記していますので、そちらもご参照ください。

ゲームデザイナーの小島秀夫氏も「全てのクリスティファン、本格推理ファンは読むべし!ミステリー好きで良かった思わせてくれる究極の逸品!」と大絶賛で、日本語&英語の両方でツイートされており、それに対して作者のホロヴィッツさんが感謝のリプライ。

だから、「本書を未読の方は(こんなブログを読む前に)とにかく読んでみてください。」という結論…ではありますが、それでは(私的に)味気ないので蛇足ながら、このブログ記事ではネタバレを含む私の感想(トリビア付き)を補足しようと思います。
(なお、このブログ記事で「本書」、「上巻」、「下巻」と記した場合は、アンソニー・ホロヴィッツ作『カササギ殺人事件』のことを指し、単に『カササギ殺人事件』と書いた場合は、作中作(ないしは小説内小説)のアラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』を指します。)

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カササギ殺人事件(下)のネタバレあり感想

ネタバレを書く前に、もう1つだけ

上巻の最後が、

「自分の妻を殺したのだ」

という衝撃的な一文で終わり、さて下巻。
「登場人物」一覧、本扉の後、

こんなに腹立たしいことってある?

の一文で始まるのですが、どうも『カササギ殺人事件』の結末部分が消えてしまっていたようです。(「未完の作品なんだろうな。」とは薄々感じていました。)
そこで、ミステリ好きなら一度は試してみたであろう、容疑者リストを「わたし」は書き出し、『カササギ殺人事件』の犯人は誰かを検証しようとします。
ところが、その夜遅くに作者のアラン・コンウェイが死んだというニュースを耳にし、ここに至って、ようやく「わたし」が≪クローヴァーリーフ・ブックス≫文芸部門の編集者であるスーザン・ライランドということが分かります。

スーザンがミステリ作家としてのアランを見出した成り行きを語るシーンがあるのですが、そこでのスーザンのこんな言葉、

わたしはアガサ・クリスティを読んで育ち、飛行機に乗るとき、あるいは海岸でくつろぐとき、何よりミステリを読みたいと思うたぐいの人間だ。テレビドラマの『名探偵ポワロ』や『バーナビー警部』も、見のがした回などひとつもない。(中略)わたしはアティカス・ピュントのファンである。だからといって、けっしてアラン・コンウェイのファンになる必要はない。(下巻P.37)

に思い当たる方もたくさんいるのではないでしょうか。ワクワクしてきますね。

また、古き良き時代の英国ミステリだった上巻に比べて、下巻では「iPhone」や「iPad」、「(カー)ナビ」、「Eメール」なども登場し、話もより現代的になってテンポが良くなる一方、作者の遊び心が表れている章もあります。

注意ポイント(再)

これ以降は、本書のたくさんあるネタの中から六つのネタについて触れますので、未読の方はこんなブログ記事を読まずに、まず本書を読んでください。Apple Books(旧:iBooks)でも販売されています。

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カササギ殺人事件 上 - アンソニー・ホロヴィッツ & 山田蘭

カササギ殺人事件 下 - アンソニー・ホロヴィッツ & 山田蘭

 

『ねずみとり』の権利を祖母から譲られた「作家の孫」登場!

この本を読んでいた私にとって、下巻前半のハイライトはここでした。
会員制クラブ≪アイヴィー・クラブ (The Club at The Ivy)≫で、≪クローヴァーリーフ・ブックス≫最高責任者(CEO)のチャールズ・クローヴァーと死んだアランが口論になったと聞いたスーザンは、≪アイヴィー・クラブ≫のウェイターに話を聞いて、その時の隣のテーブルにいた人物を突き止めます。
それがマシュー・プリチャードその人だったのです!

…知る人ぞ知る、アガサ・クリスティのお孫さんです。実在の人物です。これまで、実在の人物の名前が出てくることはありましたが、まさかご本人が登場するとは思わず、ビックリしてしまいました。

マシュー・プリチャードさんは、クリスティ自身が立ち上げた自分の著作物を管理する「アガサ・クリスティ社(アガサ・クリスティ・リミテッド)」の理事長/会長も務めたことがあり、現在はお子さん(クリスティのひ孫)にその職を譲っているようですが、彼がビジネスの手腕を発揮していなければ、今日に至るまでクリスティの作品が世界中の人々に読まれ、映像化作品も数多く作られたりするようなことは(あるいは)なかったかも…と個人的には思っています。

本書によれば、≪アガサ・クリスティ・リミテッド≫の事務所は≪アイヴィー・クラブ≫から歩いてすぐ、(コヴェント・ガーデン地区の東の境界を成す)ドルリー・レーンにあります。
また、マシューさんが9歳の時に祖母から権利を譲られた戯曲『ねずみとり』が上演されたアンバサダー劇場(The Ambassadors Theatre)、そしてそれを引き継いだセント・マーティンズ劇場は、どちらも≪アイヴィー・クラブ(The Club at The Ivy)≫のある通りのちょっと先にあります。

本書のマシューさん曰く、

コンウェイの本には、祖母の本から借りたあれこれがちりばめてあったからな。人名。地名。まるで、ゲームをしているような気分になったよ。あの(アティカス・ピュントの)シリーズを読んでいると、そこらじゅうに見おぼえのあるあれこれが埋め込んであってね。(下巻P.134〜P.135)

『カササギ殺人事件』については、その一部がこの後に記されています。それを読む前に、あらためて上巻を読み返すのも一興かもしれません。

「アビー荘園(グレインジ)」といえば?

下巻P.43より「フラムリンガム、アビー荘園」という章が始まり、ここでのアビー荘園とはアランの自宅を指すのですが、ここが『カササギ殺人事件』に登場するパイ屋敷のモデルだとスーザンは気づきます。

ここでアーサ・コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの復活」所収の短篇『アビー荘園』のネタについて一部触れます。本作を未読の方はご注意ください。

これについてはスーザンも、

アランが自宅の名"アビー荘園(グレインジ)"をシャーロック・ホームズの短篇小説から借りたとしたなら、(以下略)(下巻P.76)

と推測していますが、アランが自宅をパイ屋敷のモデルにしたことが正しいと思われる根拠が、実は上巻にあります。

『カササギ殺人事件』(上巻)「第五部 銀」の最終章で、アティカス・ピュントの助言によりチャブ警部補が湖の底を捜索したところ、パイ屋敷から盗まれた古代ローマ時代の銀製品などが見つかるシーンがあります。
これはホームズの短篇小説『アビー荘園』で、真犯人が犯行を泥棒の仕業に見せかけるため、銀の皿やポットなどの銀器を適当にかき集め、それらを庭の池に沈めるシーン(それをホームズが見抜いて、警部に池の底をさらうように助言する)にそっくりです。

そして、このことから『カササギ殺人事件』におけるパイ屋敷の空き巣事件もフェイクだと推測ができます。

アラン・コンウェイが言葉遊びに仕掛けたもの

「≪クラウン・ホテル≫での夕食」という章で、

ジェイムズ・フレイザーと飲んだくれるつもりなどなかったというのに、(以下略)(下巻P.198)

とあるのは、アランの恋人である「ジェイムズ・テイラー」の誤植なのか、それとも、酔っ払っていたから『カササギ殺人事件』に登場するアティカス・ピュントの助手兼個人秘書の「ジェイムズ・フレイザー」とゴチャゴチャになったことを表現したかったのか(下巻P.52で、フレイザーのモデルは自分だとテイラーが言っています)、よく分かりませんが、それはさておき。

この後の下巻P.201において、「フレイザー」は『名探偵ポワロ』のポワロの相棒役を演じたヒュー・フレイザー氏の名前から、アティカス・ピュントの住まいの「タナー・コート」の名前の由来は、同じく『名探偵ポワロ』の撮影に使われた「フローリン・コート」だと判明します。(タナーもフローリンも昔の貨幣の呼び名。)

登場人物の名づけは、作品にとって重要なのだ。(下巻P.211)

にも関わらず、アランの場合は『カササギ殺人事件』だけを見ても無造作に扱われており、スーザンは暗い気持ちになります。しかしながら、実はアランは<アティカス・ピュント>シリーズに対しては最初から敵意を抱いており、自分の作品に「自爆装置」を仕掛けたのです!

早い段階で、CEOのチャールズが、

『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』ではあまりに『バーナビー警部(ミッドサマー・マーダーズ)』に似すぎていると思った(下巻P.115)

と言っていますが、私は上巻を読み始める前から『カササギ殺人事件』というタイトルは地味すぎて、なぜこの題名なのだろうと不思議に思っていました。

その思いは、上巻の最初にある<アティカス・ピュント>シリーズ既刊というページに掲載されている、(処女作の『アティカス・ピュント登場』はともかく、)『羅紗(らしゃ)の幕が上がるとき』(第4作)や『無垢(むく)なる雪の降り積もる』(第5作)、『気高きバラをアティカスに』(第7作)、『瑠璃(るり)の海原を越えて』(第8作)などのオシャレな題名と比べて、より一層強くしました。チャールズの意図とは違いますが、私も題名には疑問を持っていたのです。。。

そして、アナグラムや縦読みも、アランのお気に入りの言葉遊びだった。(下巻P.192)

しかし、まさかシリーズ各作品の題名の最初の文字が、日本語で縦読みできるとは思ってもいませんでした! 「アナグラム解けるか」

これこそ、「原文では一体どうなっているのか」を確認したいものの一つです。
(最後はMだから"xxANAGRAM"のような…、でも違うような。。。)
翻訳の山田蘭氏の功績でもあり、<アティカス・ピュント>シリーズ既刊を横書きで掲載した東京創元社の功績でもあります。

さて、そのアナグラムについては、ここに記すのは割愛します。一つ言えるのは、

アランが殺された理由は、『カササギ殺人事件』を読みはじめた瞬間から、わたしのすぐ目の前にあった(下巻P.271)

のです。

「目の前の霧がさっと晴れるかのような」— クリスティ某作品のトリックの応用

ここでアガサ・クリスティ『エッジウェア卿の死』のネタについて一部触れます。本作を未読の方はご注意ください。

最初の段階で、CEOであるチャールズの元に遺書とも思えるアランからの直筆の手紙が届いており、

この手紙は重要なので、コピーをそのまま載せることにしよう。(下巻P.23)
→(P.24〜P.27)

と4ページにわたって横書きの手紙が掲載されています…「重要」だと書いているのに、気づけなかった私。。。

下巻P.297において、ついに『カササギ殺人事件』の結末部分をスーザンが見つけるのですが、その時点でのスーザンの関心事はその結末の内容ではありませんでした。なんと、アランの手紙の3ページ目(下巻P.26)は、『カササギ殺人事件』の結末部分でアティカス・ピュントがジェイムズ・フレイザーに宛てた手紙の部分を真犯人が利用したものだったのです。(それは天辺を少しだけ切る必要があったのですが、ご丁寧に下巻P.26の手紙の部分は他に比べて寸法が少し短くなっています…東京創元社の功績でもあります。)

この部分を読んで、私が思い出したのはアガサ・クリスティ『エッジウェア卿の死』。
この長編では、真犯人が犯行に利用した女性を殺害した際に、彼女が妹に記した手紙を見つけて、真犯人がその手紙の途中の一枚を巧妙に剥ぎ取った上で、その抜き取った次の一枚の冒頭「彼女(she)はこういい出したのよ」"s"の部分も剥ぎ取って「彼(he)はこういい出したのよ」と始まる手紙を犯行現場に残しました。こうして、真犯人があたかも男性であるかのように見せかけたのです。

さて。本書でもたびたび登場してくる、デヴィッド・スーシェ氏が主役を演じた『名探偵ポワロ』シリーズ。このドラマで『エッジウェア卿の死』の脚本を担当したのが…、
なんとアンソニー・ホロヴィッツさんなんですよ!

ドラマが放映されたのは英国では2000年。本書のアランの手紙は2015年8月28日に書かれた設定となっており、英国で本書の初版が刊行されたのが2016年ですから、ホロヴィッツさんが『エッジウェア卿の死』のネタを参考にして、本書を構想し始めたとしてもおかしくはありません。「構想15年」です。
Anthony Horowitz - WIkipedia(English)によれば、Magpie Murdersの構想について最初に公にしたのが2005年。)

そして、真実が明かされる

ミステリとは、真実をめぐる物語である——それ以上のものでもないし、それ以下のものでもない。(下巻P.259)

真犯人の名前はここでは明かしませんが、「あれ? 何かここが引っかかるような…」と思った部分が真犯人に関する手がかりであり、伏線も見事に敷かれていました。また、ミスリード(レッドヘリング)に私はまんまと引っかかってしまいました。

現在の物語の衝撃がいろいろ大きかったので、(そもそも下巻を読み始めた頃は『カササギ殺人事件』の結末の方が早く知りたかったにもかかわらず)『カササギ殺人事件』の印象が幾分薄くなったのですが、こちらの方も真相が明らかになります。文芸部門の編集者としてのスーザンの面目躍如です。。。ですが、結局スーザンの人生は変わることになります。

本書の欠点? 「作中作」の多用はホロヴィッツの遊び心なのか、自信なのか?

本書では下巻の中においても、作中作がいくつかあります。その最たるものはもちろん『カササギ殺人事件』ですが、なんと<アティカス・ピュント>シリーズ第4作『羅紗の幕が上がるとき』「第26章 カーテン・コール」(おそらく結末部分)が下巻P.242〜P.253に渡って抜粋されているのです。

これは、『羅紗の〜』は自分の作品の盗作だと主張する≪アイヴィー・クラブ≫のウェイターがスーザンに送ってきた原稿『死の踊る舞台』(これも3ページほど抜粋されています)と、『羅紗の〜』をスーザンが比較しているシーンで、明らかにここで話のテンポが悪くなっています。

しかしながら、その昔ミステリを結末だけ立ち読みしていた私としては、その頃のことを思い出して苦笑してしまいました。この『羅紗の〜』の結末部分には、作品のトリックや犯行の動機、登場人物の名前の由来など盛りだくさんで、これだけでも作品一本が書けてしまいそうなのに、それを惜しみなく公開するのは、アンソニー・ホロヴィッツさんの遊び心でもあるとともに、本書に自信があるからこそできる技だなぁ、と思いました。

まとめ

未読の方はまずこの『カササギ殺人事件(上・下)』を読んでください。
読み終えた方は、もう一度読んでみましょう。

一読唖然、二読感嘆。
 精緻かつ隙のないダブル・フーダニット(解説より)

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ゆーじあむ

双極性感情障害を患ってから、メンタルバランスを保って楽しむためのあれこれを探究中。 海外古典ミステリとリラックマが大好き。愛媛県在住。

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